灰燼十万巻(内田魯庵)のあらすじ・登場人物
丸善炎上、灰になった稀覯本
- 文字数
- 11,268字
- 読了目安
- 約23分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
1910年(明治43年)1月、『趣味』に発表された内田魯庵の随筆。副題は「丸善炎上の記」。十二月の暖かな朝、原稿に向かう著者のもとへ、店が焼けたという短い電報が届く。信じられずに何度も読み返したのち駆けつけると、丸善の仮営業所は焼け落ち、見物人や消火に当たった者、見舞客が入り乱れていた。焼け焦げた帳簿や持ち出された商品、店員の服装、落ち着かない足取りまでを拾う観察が、火災直後の混乱を伝える。魯庵が惜しむのは、商店の金銭的損害だけではない。外国の書物が十分に届かない日本では、失われた一冊が、未来の発明や文章を生む機会の喪失にもなりうると考える。書物を知識や精神の糧として捉える議論のそばで、人声と足音、食べ物や酒の往来が絶えず続く。悲嘆に一色に塗らず、忙しく立ち働く人や見物する人の姿を並べ、文化の損失と日常の騒々しさを一つの現場に描き出す。
あらすじ
ある十二月十日の朝、原稿に向かっていた著者のもとへ「ケサミセヤケタ(今朝店焼けた)」という丸善からの電報が届く。半信半疑のまま現場へ駆けつけると、金銀五彩の装丁を誇った洋書の稀覯本が、目のあたりに灰となり泥となっている。丸善の嘱託として洋書の輸入に深く関わってきた著者は、千金に値する大美術書が足下に踏まれ、心なき消防夫の泥草鞋に貴重な図版が蹂躙られていくさまに、人世無常の感を禁じえない。焼失した書物を、歴史上のアレキサンドリア文庫の焚書になぞらえて痛惜する。一方、店内の事務所では見舞客が続々と押しかけ、蜜柑を頬張り煎餅を齧り茶碗酒を呷って騒然と騒いでいる。新聞記者は損害額や保険、営業再開の時期ばかりを問い、なかには「焼けた本の目録はありますか」と的外れな質問をする者もいる。書物への深い愛惜と、それをよそに繰り広げられる人間の即物的で滑稽な喧騒とを、鋭い観察眼で対照的に描き出した随筆である。
冒頭部(原文より)
十二月十日、珍らしいポカ/\した散歩日和で、暢気に郊外でもきたくなる天気だったが、忌でも応でも約束した原稿期日が迫ってるので、朝飯も匆々に机に対った処へ、電報! 丸善から来た。朝っぱらから何の用事かと封を切って見ると、『ケサミセヤケタ。』 はて、解らん。何の事ッたろう。何度読直しても『今朝店焼けた』としか読めない。金城鉄壁ならざる丸善の店が焼けるに決して不思議は無い筈だが、今朝焼けるとも想像していないから、此簡単な仮名七字が全然合点めなかった。 且此朝は四時半から目が覚めていた。火事があったら半鐘の音ぐらい聞えそうなもんだったが、出火の報鐘さえ聞かなかった。怎うして焼けたろう? 怎うしても焼けたとは思われない。 すると何となく、『焼けそうな家だった』という心持がして、急いで着のみ着のまゝの平生着で飛出した。
「灰燼十万巻」内田魯庵(青空文庫)
末尾部(原文より)
見舞人は続々来た。受附の店員は代る/″\に頭を下げていた。丁度印刷が出来て来た答礼の葉書の上書きを五人の店員が精々と書いていた。其間に広告屋が来る。呉服屋が来る。家具屋が来る。瓦斯会社が来る。交換局が来る。保険会社が来る。麦酒の箱が積まれる。薦被りが転がり込む。鮨や麺麭や菓子や煎餅が間断なしに持込まれて、代る/″\に箱が開いたかと思うと咄嗟に空になった了った。 誰一人沈としているものは無い。腰を掛けたかと思うと立つ。一同はワヤ/\ガヤ/\して満室の空気を動揺し、半分黒焦げになったりポンプの水を被ったりした商品、歪げたり破れたりしたボール箱の一と山、半破れの椅子や腰掛、ブリキの湯沸し、セメント樽、煉瓦石、材木の端片、ビールの空壜、蜜柑の皮、紙屑、縄切れ、泥草履と、塵溜を顛覆返したように散乱ってる中を煤けた顔をした異形な扮装の店員が往ったり来たりして、次第々々に薄れ行く夕暮となった。
「灰燼十万巻」内田魯庵(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。
同じ作家の作品
- 為文学者経 1894年(明治27年)4月
- 二葉亭四迷の一生 1909年(明治42年)8月
- 明治の文学の開拓者――坪内逍遥―― 1912年(大正元年)1月
- 斎藤緑雨 1913年(大正2年)4月
- 二葉亭四迷――遺稿を整理して―― 1913年(大正2年)9月
- 淡島椿岳 1916年(大正5年)3月