二葉亭余談(内田魯庵)のあらすじ・登場人物
犬と猫を愛した二葉亭の素顔
- 文字数
- 22,017字
- 読了目安
- 約44分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
『罪と罰』に打たれ、初対面で「千丈の飛瀑に打たれた」ような感動を受けた――内田魯庵が親友・二葉亭四迷の素顔を、八つの余談で親しく語る。食道楽と無頓着、俗曲趣味、犬と猫への溺愛、文章癖、日露海戦に興奮した日など、評伝には収まらない人間・二葉亭の生き生きとした逸話集。
あらすじ
内田魯庵が、親友・二葉亭四迷の人となりを八つの断章で綴った逸話集。まず、ドストエフスキーの『罪と罰』に落雷のような感動を受けて文学観が一変した魯庵が、猿楽町に二葉亭を初めて訪ね、重々しい応対と「文章の目的は何か」という問答に「千丈の飛瀑に打たれた」ような印象を受けた初対面を語る。以下、津の守の女写真屋の二階で女の身の上を語り徹かした一夜、食物には厳しく道具や衣服には無頓着だった食道楽ぶり、常磐津や新内を愛した江戸っ子肌の俗曲趣味、醜い野良犬や迷い猫を人の子のように溺愛し、猫のお産の取り上げ役まで務めた愛情、放胆な文章論を説きながら自らは仮名遣いから句読までを際限なく気にした文章癖、田端の月夜に「明月や……」と絶句した挿話、対馬沖海戦の勝報に軍令部長のように興奮して飛び込んで来た日などを描く。他人の思想も自らの信仰も間断なく破壊した「破壊力」に触れ、小説家とも政治家とも君子とも定めがたい矛盾だらけの「性格破産者」として二葉亭を捉え、その古い日記の二節を引いて結ぶ。
登場人物
- 二葉亭四迷(ふたばていしめい) 本名・長谷川辰之助。著者の親友。厳しい風貌に似合わず、犬猫を溺愛し俗曲を愛した江戸っ子肌の人であった。
- 内田魯庵(うちだろあん) 著者。『罪と罰』に打たれた頃、二葉亭と初めて会い、以後二十年来交わった。
- 巌本善治(いわもとよしはる) 撫象。二葉亭を「哲学者である」と讃え、著者に引き合わせるきっかけとなった。
冒頭部(原文より)
一 二葉亭との初対面 私が初めて二葉亭と面会したのは明治二十二年の秋の末であった。この憶出を語る前に順序として私自身の事を少しくいわねばならない。 これより先き二葉亭の噂は巌本撫象から度々聞いていた。巌本は頻りに二葉亭の人物を讃歎して、「二葉亭は哲学者である、シカモ輪廓の大なる人物である、」と激称していた。『浮雲』は私の当時の愛読書の一つで、『あいびき』や『めぐりあい』をも感嘆して何度も反覆していたから是非一度は面会したいと思いながらも機会を得なかった。
「二葉亭余談」内田魯庵(青空文庫)
末尾部(原文より)
二葉亭はこういう人物であった。小説家であって一向小説家らしくなかった人、政治家を志ざしながら少しも政治家らしくなかった人、実業家を希望しながら企業心に乏しく金の欲望に淡泊な人、謙遜なくせに頗る負け嫌いであった人、ドグマが嫌いなくせに頑固に独断に執着した人、更に最う一つ加えると極めて常識に富んだ非常識な人――こういう矛盾だらけな性格破産者であって、この矛盾のために竟に一生を破壊に終った人であった。 二葉亭の古い日記から二節を引いて以て二葉亭の面影と性格とを偲ぶの料としよう。 「この世を棄てんとおもひたる人にあらねばこの世の真の価値は知るべからず。」 「気の欝したる時は外出せば少しは紛るる事もあるべしと思へどもわざと引籠りて求めて煩悶するがかへつて心地よきやうにも覚ゆ。」
「二葉亭余談」内田魯庵(青空文庫)
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