硝子戸の中(夏目漱石)のあらすじ・登場人物
硝子戸の内から眺める世と己
- 文字数
- 52,742字
- 読了目安
- 約1時間45分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 東京都
この作品について
夏目漱石が1915年(大正4年)1月から2月にかけて朝日新聞に連載した随筆。書斎の硝子戸の内から外の世界を眺めるように、訪ねてくる人々や身辺の出来事、幼いころの記憶、病や死をめぐる思いを、短い章に分けて綴る。声高に主張せず、静かなユーモアを含んだ筆致で自分を見つめ直す。同じ年に連載された自伝的小説『道草』の前に書かれ、晩年の漱石の心境を伝える一編として読まれる。
あらすじ
「硝子戸の中から外を見渡すと」——風邪をこじらせて書斎に籠もりがちな漱石は、硝子戸越しに映るささやかな景色を眺めながら、思いつくままに筆を進めていく。訪ねてくる客とのやりとり、身の上相談を持ちかける女、飼い猫や犬の話、若い頃の交友、家族のこと、そして幼少期を過ごした牛込の家や、養家をめぐる複雑な生い立ちの記憶——過去と現在を行き来しながら、生と死、人と人との距離が静かに語られていく。他人のことを書くときは相手への気兼ねがあり、自分のことを書くときはかえって自由になれると綴りつつ、それでも本当の自分をさらけ出すことの難しさに触れる。連載の最後、うららかな春の光に包まれた縁側で、鶯の声を聞きながら、漱石は微笑とともにこの稿を書き終え、しばしまどろもうとするのだった。
冒頭部(原文より)
硝子戸の中から外を見渡すと、霜除をした芭蕉だの、赤い実の結った梅もどきの枝だの、無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ眼に着くが、その他にこれと云って数え立てるほどのものはほとんど視線に入って来ない。
「硝子戸の中」夏目漱石(青空文庫)
末尾部(原文より)
まだ鶯が庭で時々鳴く。春風が折々思い出したように九花蘭の葉を揺かしに来る。猫がどこかで痛く噛まれた米噛を日に曝して、あたたかそうに眠っている。先刻まで庭で護謨風船を揚げて騒いでいた小供達は、みんな連れ立って活動写真へ行ってしまった。家も心もひっそりとしたうちに、私は硝子戸を開け放って、静かな春の光に包まれながら、恍惚とこの稿を書き終るのである。そうした後で、私はちょっと肱を曲げて、この縁側に一眠り眠るつもりである。
「硝子戸の中」夏目漱石(青空文庫)
名文
硝子戸の中から外を見渡すと、霜除をした芭蕉だの、赤い実の結った梅もどきの枝だの、無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ眼に着くが、その他にこれと云って数え立てるほどのものはほとんど視線に入って来ない。
晩年の随筆の書き出し。病後の書斎から硝子戸越しに眺める狭く単調な景色を起点に、記憶や身辺の出来事を静かにたどる筆が始まる。
原文を読む
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