火の唇(原民喜)のあらすじ・登場人物
生きていて下さい、と女は祈った
- 文字数
- 10,541字
- 読了目安
- 約21分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
原民喜が一九四九年に発表した短編。別れた女との最後の握手、そしてその後も続く寂しい日々を、詩のような文体で描く。「生きていて下さい」という言葉が、「彼」の心に残る。
あらすじ
「いぶきが彼のなかを突抜けて行った」と書き出される。一つの物語は終わろうとしていたが、世界は彼にとってまだ終わろうとしていなかった。「すべてが終るところからすべては新しく始る」と繰り返しながら、彼はいつもの時刻にいつもの路を歩く。女はもういない。手袋を外して別れの握手をした女は、影のような女で、彼もまた女にとって影のような男にすぎなかった。濠端の舗道を歩く二つの影の、淋しい淋しい物語である。結びの場面で、女は手袋を外して手を差し出し、彼が軽く握ると「生きていて下さい、生きていて下さい」と祈るように囁く。
冒頭部(原文より)
いぶきが彼のなかを突抜けて行った。一つの物語は終ろうとしていた。世界は彼にとってまだ終ろうとしていなかった。すべてが終るところからすべては新しく始る、すべてが終るところからすべては新しく……と繰返しながら彼はいつもの時刻にいつもの路を歩いていた。女はもういなかった、手袋を外して彼のために別れの握手をとりかわした女は。……あの掌の感触は熱かったのだろうか冷やりとしていたのだろうか……彼はオーバーのポケットに突込んでいる両手を内側に握り締めてみた。が何ものも把えることは出来なかった。影のような女だったのだが、彼もまた女にとって影のような男にすぎなかったのだ。影と影はひっそりとした足どりで濠端に添う鋪道を歩いていた。そして、最後にたった一度、別れの握手をとりかわした、たったそれだけの交渉にすぎなかった、淋しい淋しい物語だった。
「火の唇」原民喜(青空文庫)
末尾部(原文より)
「それはあなたが淋しそうだったから、とても堪えきれない位、淋しそうな方だったから」 そう云いながら、女は手袋を外して、手を彼の方へ差出した。 「生きていて下さい、生きていて下さい」 彼が右の手を軽く握ったとき、女は祈るように囁いていた。 (昭和二十四年五、六月合併号『個性』)
「火の唇」原民喜(青空文庫)
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