HUMAN LOST(太宰治)のあらすじ・登場人物
仇を愛し、責むる者のために祈れ
- 文字数
- 11,766字
- 読了目安
- 約24分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
パビナール中毒の治療のため精神病院へ強制入院させられた一か月を、日付を追う断片で書きとめた太宰治の異色作。「人間失格」に直結する題名を持ち、裏切られたという怒りと、それでもなお祈ろうとする心とが、ほとんど破裂寸前の言葉で綴られる。後年の代表作の原型がここにある。
あらすじ
「十月十三日より、板橋区のとある病院にいる。来て、三日間、歯ぎしりして泣いてばかりいた」——日付を追う断片のかたちで、この作品は書かれている。ここは気ちがい病院なのだ、と太宰は書く。鉄格子と金網と重い扉、開閉のたびごとにがちんと鳴る鍵の音、寝ずの番の看守。となりの部屋には帝大や立大を出た若旦那たちが、帝王のような尊厳の風貌で、しかし身の丈より五寸ほど恐縮して暮らしている。四日目、太宰は「遊説」に出た。二十余名の患者すべてに身を投げ捨てて話しかけ、太った美男を「なまけもの!」と罵り、受験勉強に憑かれた青年に「試験全廃だ」と教えてやる。日ごとの断片には、妻への疑念、友への恨み、酒と薬への渇望、書きかけの小説の構想、そして聖書の言葉が入り乱れて現れる。「なし」とだけ記された日もある。信じていた者たちに裏切られ、人間を「失った」という感覚が全編を貫き、それでも「思いは、ひとつ、窓前花」と繰り返される。退院の日、太宰は今後の仕事の計画を書きつける——「朝の歌留多」「猶太の王」、そして長編三部曲「虚構の彷徨」。その日の午後一時半、退院。作品の最後に置かれるのは、聖書からの引用である。「汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ……然らば汝らの天の父の全きが如く、汝らもまた、全かれ」。
冒頭部(原文より)
思いは、ひとつ、窓前花。 十三日。 なし。 十四日。 なし。 十五日。 かくまで深き、 十六日。 なし。 十七日。 なし。 十九日。 十月十三日より、板橋区のとある病院にいる。来て、三日間、歯ぎしりして泣いてばかりいた。銅貨のふくしゅうだ。ここは、気ちがい病院なのだ。
「HUMAN LOST」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ。天にいます汝らの父の子とならん為なり。天の父はその陽を悪しき者のうえにも、善き者のうえにも昇らせ、雨を正しき者にも、正しからぬ者にも降らせ給うなり。……然らば汝らの天の父の全きが如く、汝らもまた、全かれ。
「HUMAN LOST」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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