今戸心中(広津柳浪)のあらすじ・登場人物
廓の華やぎの裏にひそむ絶望
- 作者
- 広津柳浪
- 発表
- 1896年(明治29年)7月
- 初出
- 文芸倶楽部
- 種別
- 小説
- ジャンル
- 恋愛
- 舞台
- 東京都
- 文字数
- 36,702字
- 読了目安
- 約1時間13分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
広津柳浪の代表作にして、明治の「深刻小説(悲惨小説)」を代表する名作。1896年(明治29年)、「文芸倶楽部」に発表された。吉原の遊廓を舞台に、稼ぎ盛りの娼妓・吉里の悲恋と死を描く。心を寄せた客・平田に捨てられた吉里は、貧しいながら一途に自分を慕う善吉との情のあいだで揺れながら、しだいに身も心も荒んでゆく。廓の華やかさの裏にひそむ女の絶望を、簡潔で切れのよい会話と写実の筆で描き出し、下層社会の哀感をうたいあげた柳浪文学の頂点をなす一篇である。
あらすじ
初冬の吉原。当楼の二枚目を張る娼妓・吉里は、美人ではないが男好きのする丸顔に、どこか剣のある気性の女である。かつて心底惚れた客・平田は故郷へ帰ったきり手紙一本よこさず、吉里を捨てて去った。その痛手を紛らすように、吉里は貧しいながら一途に自分を慕う客・善吉と深間になり、周囲からは「薄情」「浮気」と噂される。姉女郎で気の置けない小万だけが、吉里の胸の内を察していた。
平田に見限られた吉里は、しだいに身を持ち崩し、あちこちから金や品物を借りては返さず、頬はやつれ、化粧気も失せて、急に老け込んでゆく。ある日、吉里は、後生大事に取ってあった平田からの手紙の束を小万に託し、平田のもとへ送り返してくれと頼む。その薄情を小万に責められても、吉里はただうつむくばかりであった。
年の瀬の煤払いの日、酔いつぶれた吉里は、小万に思わせぶりな別れの言葉を残し、お熊の半天を羽織って、裏口からひそかに姿を消す。あとに残された紙包みには、自分と平田の写真を表と表で合わせ、裏に「心」の一字を記したものと、平田・西宮・小万へ詫びる遺書があった。翌日、今戸の隅田川のほとりに、娼妓の上草履と男物の草履とが並んで脱ぎ捨てられているのが見つかる。吉里は、一途に自分を慕った善吉とともに、川に身を投げたのであった。翌年一月、永代橋の上流に流れ着いた女の死骸は、まさしく吉里のものであった。真に恋うた男に捨てられ、慕ってくれた男とともに死ぬ——遊女の哀切な運命を写しとった、深刻小説の絶唱である。
人物相関図
章ごとの「厳選あらすじ」
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- 一 この作品について
- 二 主要人物
- 三 主要なサブキャラクター
- 四 導入──最後の一夜
- 五 夜明けの別れ
- 六 名代部屋の善吉
- 七 一番汽車と、返された盃
- 八 「これから頼りになっておくんなさいよ」
- 九 荒んでゆく日々
- 十 結末──煤払いの日、今戸の川岸
- 十一 重要な設定と伏線
冒頭部(原文より)
一 太空は一片の雲も宿めないが黒味渡ッて、二十四日の月はまだ上らず、霊あるがごとき星のきらめきは、仰げば身も冽るほどである。不夜城を誇り顔の電気燈にも、霜枯れ三月の淋しさは免れず、大門から水道尻まで、茶屋の二階に甲走ッた声のさざめきも聞えぬ。 明後日が初酉の十一月八日、今年はやや温暖かく小袖を三枚重襲るほどにもないが、夜が深けてはさすがに初冬の寒気が身に浸みる。
『今戸心中』広津柳浪(青空文庫)
末尾部(原文より)
小万は涙ながら写真と遺書とを持ったまま、同じ二階の吉里の室へ走ッて行ッて見たが、もとより吉里のおろうはずがなく、お熊を始め書記の男と他に二人ばかりで騒いでいた。 小万は上の間へ行ッて窓から覗いたが、太郎稲荷、入谷金杉あたりの人家の燈火が散見き、遠く上野の電気燈が鬼火のように見えているばかりだ。 次の日の午時ごろ、浅草警察署の手で、今戸の橋場寄りのある露路の中に、吉里が着て行ッたお熊の半天が脱ぎ捨ててあり、同じ露路の隅田河の岸には、娼妓の用いる上草履と男物の麻裏草履とが脱ぎ捨ててあッたことが知れた。 けれども、死骸はたやすく見当らなかッた。翌年の一月末、永代橋の上流に女の死骸が流れ着いたとある新聞紙の記事に、お熊が念のために見定めに行くと、顔は腐爛ってそれぞとは決められないが、着物はまさしく吉里が着て出た物に相違なかッた。お熊は泣く泣く箕輪の無縁寺に葬むり、小万はお梅をやっては、七日七日の香華を手向けさせた。
『今戸心中』広津柳浪(青空文庫)
原文を読む
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