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陰翳礼讃(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物

薄暗がりに息づく日本の美

谷崎潤一郎 1933年(昭和8年)12月 「経済往来」

文字数
30,953字
読了目安
約1時間2分
表記
新字新仮名
種別
随筆

この作品について

谷崎潤一郎が1933年(昭和8年)から「経済往来」に発表した随筆。西洋文化が光を追い求めてきたのに対し、日本の伝統的な美は薄暗がりの中にこそ息づいてきたとして、家屋や厠、漆器や羊羹、能や文楽、女性の装いなどを例に「陰翳」の美学を論じる。電灯に照らし出された近代生活への軽妙な嘆きを交えつつ日本の美意識の本質を説いた日本文化論の古典で、建築やデザインの分野を中心に海外でも広く読み継がれている。

あらすじ

純日本風の家屋に電気の設備を調和させる難しさから説き起こし、日本の美が陰翳と切り離せないことを多彩な例で論じていく。木立の中の厠に日本建築の風流の極みを見出し、燭台の灯に照らされてこそ生きる漆器の美しさ、薄暗い部屋の奥で金地の襖や屏風が果たした採光の役割、闇の中で味わう羊羹の色、能舞台の役者の顔の輝き、暗がりに住んだ昔の女の白い顔などを次々に挙げて、日本人の感覚が闇と薄明かりの中で磨かれてきたことを描き出す。そして電灯をふんだんに使う現代の照明過剰を嘆き、失われつつある陰翳の世界をせめて文学の領域にでも呼び返してみたい、試しに電燈を消してみることだ、と結ぶ。

冒頭部(原文より)

今日、普請道楽の人が純日本風の家屋を建てて住まおうとすると、電気や瓦斯や水道等の取附け方に苦心を払い、何とかしてそれらの施設が日本座敷と調和するように工夫を凝らす風があるのは、自分で家を建てた経験のない者でも、待合料理屋旅館等の座敷へ這入ってみれば常に気が付くことであろう。独りよがりの茶人などが科学文明の恩沢を度外視して、辺鄙な田舎にでも草庵を営むなら格別、いやしくも相当の家族を擁して都会に住居する以上、いくら日本風にするからと云って、近代生活に必要な煖房や照明や衛生の設備を斥ける訳には行かない。

「陰翳礼讃」谷崎潤一郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

尤も私がこう云うことを書いた趣意は、何等かの方面、たとえば文学藝術等にその損を補う道が残されていはしまいかと思うからである。私は、われ/\が既に失いつゝある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい。文学という殿堂の檐を深くし、壁を暗くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用の室内装飾を剥ぎ取ってみたい。それも軒並みとは云わない、一軒ぐらいそう云う家があってもよかろう。まあどう云う工合になるか、試しに電燈を消してみることだ。

「陰翳礼讃」谷崎潤一郎(青空文庫)

名文

かつて漱石先生は「草枕」の中で羊羹の色を讃美しておられたことがあったが、そう云えばあの色などはやはり瞑想的ではないか。

羊羹の色を語る名高い一節。暗がりでこそ映える日本の美を説いた随筆で、陰翳が美を生むという主題をそのまま体現する。

美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。

本書の主張がもっとも凝縮された一文。美は物そのものではなく、光と闇が生む陰翳の中に宿ると説く。

われ〳〵東洋人は何でもない所に陰翳を生ぜしめて、美を創造するのである。

西洋の明るさに対し、日本の美が薄暗がりの中で生まれることを論じた一節。何もないところに陰影を作り出して美とする、日本人の美意識の核心を言い当てる。

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