邪宗門(北原白秋)のあらすじ・登場人物
われら近代邪宗門の徒
- 文字数
- 34,550字
- 読了目安
- 約1時間9分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
北原白秋の第一詩集にして、日本近代詩に「感覚の革命」をもたらした一冊。切支丹の伝説、南蛮渡来の異国趣味、頽唐と官能——「ここ過ぎて曲節の悩みのむれに」の扉銘に始まるその世界は、色と匂いと音が渾然と溶けあう濃密な象徴詩である。二十四歳の白秋がここで示した言語感覚は、以後の日本語の詩を決定的に変えた。
あらすじ
「ここ過ぎて曲節の悩みのむれに、/ここ過ぎて官能の愉楽のそのに、/ここ過ぎて神経のにがき魔睡に」——ダンテの地獄門をもじった扉銘が、この詩集の入口に掲げられている。詩の生命は暗示であって単なる説明ではない、と白秋は言う。神秘を尚び、夢幻を歓び、その腐爛した頽唐の紅を慕う——それが「近代邪宗門の徒」たる自分たちの信仰なのだ、と。収められた約百二十篇は六章に分かたれ、「邪宗門秘曲」「天草雅歌」「古酒」「魔睡」などの標題のもとに並ぶ。巻頭の「邪宗門秘曲」は、「われは思ふ、末世の邪宗、切支丹でうすの魔法」と歌いだし、伴天連の南蛮渡りの珍奇な品々、赤き花の毒、匂やかな阿刺吉酒を、めくるめく音数律のうちに連ねてゆく。故郷・柳川の水郷の記憶、長崎や天草の切支丹の面影、都会の夜のガス燈と硝子とウイスキー——古いものと新しいもの、聖なるものと涜れたものが混ざりあい、視覚・嗅覚・聴覚が入り乱れる。「臘月の十九日、/丑満の夜の館」と続く終盤の詩篇では、幻影に人ひとりを殺したという妄執と戦慄が描かれる。そして「失くしつる。/さはあるべくもおもはれね」——色青き真珠の玉を失った者のつぶやきで、詩集は静かに幕を閉じる。
冒頭部(原文より)
邪宗門扉銘 ここ過ぎて曲節の悩みのむれに、 ここ過ぎて官能の愉楽のそのに、 ここ過ぎて神経のにがき魔睡に。 詩の生命は暗示にして単なる事象の説明には非ず。かの筆にも言語にも言ひ尽し難き情趣の限なき振動のうちに幽かなる心霊の欷歔をたづね、縹渺たる音楽の愉楽に憧がれて自己観想の悲哀に誇る、これわが象徴の本旨に非ずや。
「邪宗門」北原白秋(青空文庫)
末尾部(原文より)
失くしつる 失くしつる。 さはあるべくもおもはれね。 またある日には、 探しなば、なほあるごともおもはるる。 色青き真珠のたまよ。 四十一年七月
「邪宗門」北原白秋(青空文庫)
名文
われは思ふ、末世の邪宗、切支丹でうすの魔法。 黒船の加比丹を、紅毛の不可思議国を、 色赤きびいどろを、匂鋭きあんじやべいいる、 南蛮の桟留縞を、はた、阿刺吉、珍の酒を。
「邪宗門秘曲」の冒頭。異国渡りの品々を呪文のように連ね、南蛮趣味と背徳の香りをまとった白秋初期の絢爛たる一篇。
空に真赤な雲のいろ。 玻璃に真赤な酒の色。 なんでこの身が悲しかろ。 空に真赤な雲のいろ。
詩集『邪宗門』の短い一篇の全編。空の赤と酒の赤を重ね、「なんでこの身が悲しかろ」と打ち消すことで、かえって悲しみを浮かび上がらせる。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。