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思ひ出(北原白秋)のあらすじ・登場人物

一種の感覚史なり性慾史なり

北原白秋 1911年(明治44年)6月

文字数
51,119字
読了目安
約1時間42分
表記
旧字旧仮名
舞台
  • 福岡県

この作品について

「邪宗門」に続く北原白秋の第二詩集で、副題は「抒情小曲集」。故郷・柳川の水郷で過ごした少年時代の記憶を、感覚のかたまりのままに書きとめた自叙伝的な詩集である。巻頭の長い散文「わが生ひたち」は、日本近代の自伝散文の名品として名高い。「TONKA JOHN」とは、白秋自身のことである。

あらすじ

「この小さき抒情小曲集をそのかみのあえかなりしわが母上と、愛弟 Tinka John に贈る」——献辞に続いて、長い散文「わが生ひたち」が置かれる。温かい苅麦のほめき、赤い首の螢、青いとんぼの眼、黒猫の美しい毛色に謂れなき愛着を寄せた幼年時代。捉えがたい感覚の記憶が、いまも自分の心を苛立たせ、恐れさせ、嘆かせ、苦しませる、と白秋は書く。「私はこの小さな詩集を一種の感覚史なり性慾史なりに外ならぬものとして見て欲しい」。生家は柳川の造り酒屋。堀割をめぐる水の町、南蛮渡来の名残、祭りと芝居小屋、そして早くから目覚めた官能——それらが「わが生ひたち」「思ひ出」「生の芽生」「TONKA JOHN の悲哀」「断章」といった章に分かたれて歌われる。詩の言葉はきわめて平易でありながら、色と匂いと音が濃密に立ちのぼる。「せ、せ、水ぐるま」の囃子とともに描かれる田舎芝居の情景、韮の葉が芽を出す土間のむしろ、旅役者の別れ。そして巻末近くの「ふるさと」では、人もいや親もいや、小さな街が憎うて夜ふけに家を出たけれど、せんすべなしや——と、故郷への相反する思いが歌われる。まだ寝ぬ戸の隙から灯がさし、菱の芽生に油搾木のしめり香が沁みて消え入る、という数行で、この詩集は閉じられる。

冒頭部(原文より)

この小さき抒情小曲集をそのかみのあえかなりしわが母上と、愛弟 Tinka John に贈る。 Tonka John. わが生ひたち 1  時は過ぎた。さうして温かい苅麥のほめきに、赤い首の螢に、或は青いとんぼの眼に、黒猫の美くしい毛色に、謂れなき不可思議の愛着を寄せた私の幼年時代も何時の間にか慕はしい「思ひ出」の哀歡となつてゆく。

「思ひ出」北原白秋(青空文庫)

末尾部(原文より)

ふるさと 人もいや、親もいや、 小さな街が憎うて、 夜ふけに家を出たけれど、 せんすべなしや、霧ふり、 月さし、壁のしろさに こほろぎがすだくよ、 堀の水がなげくよ、 爪さき薄く、さみしく、 ほのかに、みちをいそげば、 いまだ寢ぬ戸の隙より 灯もさし、菱の芽生に、 なつかし、沁みて消え入る 油搾木のしめり香。

「思ひ出」北原白秋(青空文庫)

原文を読む

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