水郷柳河(北原白秋)のあらすじ・登場人物
掘割の町・柳河への郷愁
- 文字数
- 7,570字
- 読了目安
- 約15分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 福岡県
この作品について
北原白秋が生まれ育った福岡県柳河(柳川)を描いた散文詩風の随筆。町を縦横に走る掘割(水路)の景色と匂い、白壁の旧家、遊女屋の跡、祭りの記憶が、色彩にあふれた文章でつづられる。詩集『思ひ出』に通じる、幼年時代の官能的な記憶の世界を知る手がかりになる。
あらすじ
書き出しは「私の郷里柳河は水郷である。さうして静かな廃市の一つである」。南国的な風物のなかに、無数の掘割が白壁の旧い封建時代の面影を映し、旅人は大平野に分かれて光る人工の水路を目にする。菱の葉、蓮、真菰、河骨、ウォーターヒヤシンスの淡紫の花が浮かぶ水面を描き、水は廃れた遊女屋の厨の下を流れ、洗濯女の白い布に注ぎ、三味線の音の緩む昼すぎの小料理屋を過ぎ、酒を造る水となってゆく。終わり近くでは、南関の春祭りに胸を躍らせる少年の記憶が語られ、どんぐりの実が池に落ちる音や若い叔母の乳房に触れた感触が、思い出の奥に置かれる。
冒頭部(原文より)
私の郷里柳河は水郷である。さうして静かな廃市の一つである。自然の風物は如何にも南国的であるが、既に柳河の街を貫通する数知れぬ溝渠のにほひには日に日に廃れてゆく旧い封建時代の白壁が今なほ懐かしい影を映す。肥後路より、或は久留米路より、或は佐賀より筑後川の流を越えて、わが街に入り来る旅びとはその周囲の大平野に分岐して、遠く近く瓏銀の光を放つてゐる幾多の人工的河水を眼にするであらう。さうして歩むにつれて、その水面の随所に、菱の葉、蓮、真菰、河骨、或は赤褐黄緑その他様々の浮藻の強烈な更紗模様のなかに微かに淡紫のウオタアヒヤシンスの花を見出すであらう。水は清らかに流れて廃市に入り、廃れはてた Noskai 屋(遊女屋)の人もなき厨の下を流れ、洗濯女の白い洒布に注ぎ、水門に堰かれては、三味線の音の緩む昼すぎを小料理屋の黒いダアリヤの花に歎き、酒造る水となり、汲水場に立つ湯上りの素肌しなやかな肺病娘の唇を嗽ぎ、気の弱い鶩の毛に擾され、そうして夜は観音講のなつかしい提灯の灯をちらつかせながら、樋を隔てて海近き沖ノ端の鹹川に落ちてゆく。静かな幾多の溝渠はかうして昔のまま白壁に寂しく光り、たまたま芝居見の水路となり、蛇を奔らせ、変化多き少年の秘密を育む。水郷柳河はさながら水に浮いた灰色の柩である。
「水郷柳河」北原白秋(青空文庫)
末尾部(原文より)
かういふ次第で私は小さい時から山のにほひに親しむことが出来た。私はその山の中で初めて松脂のにほひを臭ぎ、ゐもりの赤い腹を知つた。さうして玉虫と斑猫と毒茸と……いろいろの草木、昆虫、禽獣から放散する特殊のかをりを凡て驚異の触感を以つて嗅いで廻つた。かゝる場合に私の五官はいかにも新しい喜悦に顫へたであらう。それは恰度薄い紗に冷たいアルコールを浸して身体の一部を拭いたあとのやうに山の空気は常に爽やかな幼年時代の官感を刺戟せずには措かなかつた。 南関の春祭はまた六騎の街に育つた羅漫的な幼児をして山に対する好奇心を煽てるに充分であつた。私は祭物見の前後に顫へながらどんぐりの実のお池の水に落つる音をきき、それからわかい叔母の乳くびを何となく手で触つた。
「水郷柳河」北原白秋(青空文庫)
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