人生の楽事(福沢諭吉)のあらすじ・登場人物
学者を飼い放す夢
- 文字数
- 3,300字
- 読了目安
- 約7分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
1893年(明治26年)11月11日に慶応義塾で行われた福沢諭吉の演説の大意を筆記し、11月14日付の「時事新報」に載せた一編。壮年のころから抱いてきた「一快楽事の想像」として、生計の心配なく学問に打ち込める研究所に、五、六名から十名の学者を集め、物理学を研究させる夢を語る。
あらすじ
人にはそれぞれ楽しむものがあるとして、福沢は、壮年のときから一日も忘れず、今も思うに任せない一つの快楽事の想像を語る。二十歳の頃に洋学に志し、最初に学んだ物理学を深く好んだが、時勢や家の事情から、著述などに時を費やしてきた。造化の秘密を探ることこそ人間無上の快楽で、王公の富貴も羨むに足りないと述べる。日本人は新しい学問を理解する素質に乏しくないので、今後は西洋に先んじて学問を進める時だが、学者が衣食の計に追われて思索を妨げられるのは残念だという。そこで、政府ではなく私の力で一種の研究所を設け、五、六名から十名の学者に生涯の生計を与え、研究の方法も成果も本人に任せて、実益の有無を問わない、いわば「飼い放し」「飼い殺し」にすることを構想する。費用は年に五万円ほどと概算する。最後に、これは痴人の夢にすぎないが、満堂の諸君の中に大資産家となる人があったら、思い出して実行してほしいと述べる。
冒頭部(原文より)
人には何か楽しむ所のものなかるべからず。旅行を好む者あり、閑居を貪る者あり、遊芸を嗜む者あり、書画骨董を悦ぶ者あり。尚お之より以外には財産の増殖に余念なき者もあれば、功名利達に熱心なる者もあり。その他千種万様限りなき人事の運動は、浮世の人々がおの/\その心を楽しましめんとするの働にして、或は之をその人の楽しみとも云えば又はその志とも云う。諸君にも必ず何か楽しむ所、志す所のものあるべし。折々は相会して之を語り之を論ずるこそ面白けれ。今晩は老生が壮年の時より今に至るまで曾て一日も忘れたることなくして、遂に今に至るまで意の如くならざりし一快楽事の想像を語らんに、老生は本来儒学生にして、今を去ること四十年、年齢二十の頃、始めて洋学に志し、その入門は物理学にして、之を悦ぶこと甚だしく、何か一科の専門に入りて為すことあらんとの熱心は万々なれども、時勢の許さゞる所にして、家に資力もなく、朝暮衣食の計に忙くして心を専一にすること能わざるのみか、開国以来の世変を見れば自から黙止すべきにも非ず、色々の著述などして時を費したることも多し。
「人生の楽事」福沢諭吉(青空文庫)
末尾部(原文より)
左れば今満堂の諸君は年尚お少し、一生の行路に幾多の禍福に逢うは必然の数にして、或は大資産の身と為り、衣食余りて別に心身の快楽を求め、特に大に好事心を逞うせんとしてその方法を得ざるが如き境遇に際することもあらんには、むかし/\明治二十六年十一月十一日、慶應義塾にて云々の演説を聴きしこともありと、之を思出して何か面白き企もあらば、老生の生前に於て之を喜ぶのみならず、仮令い死後にても草葉の蔭より大賛成を表して知友の美挙に感泣することあるべし。
「人生の楽事」福沢諭吉(青空文庫)
原文を読む
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