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学者安心論(福沢諭吉)のあらすじ・登場人物

学者は政府に頼らず働け

  • 社会

福沢諭吉 1876年(明治9年)4月

文字数
13,166字
読了目安
約26分
表記
新字新仮名

この作品について

福沢諭吉が1876年(明治9年)4月に刊行した論説。維新後の日本で、学者が政府の政治にばかり関心を向け、役人を志したり政府への不平を募らせたりする風潮を取り上げる。福沢は、政府の「政」のほかに人民が私に行う「政」の領分があるとして、学者がそこで働くことを勧め、政府と学者のあいだの疑いを解こうとする。

あらすじ

店子は大家を、区長は区民を「不通」と嘆くといった身近な例から、人は互いに直接向き合うと、相手の短所ばかりが目につくと説き起こす。嘉永の開国以来、日本の人心は改進と守旧の二つに分かれ、政府は学者とともに改進の側にいるのに、学者は政府の政治にばかり心を向けて不平を訴えている。福沢は、政府の「政」のほかに、学校を開く、商売や工業を営む、外国と交際するといった人民の私の「政」があり、文明は両方がそろって進むとして、学者はこちらの領分で働くべきだと述べる。「一国の政府は人民の反射」という論者の言葉を取り上げ、政府の姿が気に入らなければ、鏡に映った姿を責めるのではなく人民の智愚を直すのが筋だとし、政府と民権論者が対立するなかで、守旧の者までが加わって事が大きくなる危険も警告する。結論として、学者は政府の政を度外に置き、政府も学者の議論を度外に置き、互いに余地を許して自分の領分に励むようにと勧める。

冒頭部(原文より)

   学者安心論  店子いわく、向長屋の家主は大量なれども、我が大家の如きは古今無類の不通ものなりと。区長いわく、隣村の小前はいずれも従順なれども、我が区内の者はとかくに心得方よろしからず、と。主人は以前の婢僕を誉め、婢僕は先の旦那を慕う。ただに主僕の間のみならず、後妻をめとりて先妻を想うの例もあり。親愛尽きはてたる夫婦の間も、遠ざかればまた相想うの情を起すにいたるものならん。されば今、店子と家主と、区長と小前と、その間にさまざまの苦情あれども、その苦情は決して真の情実を写し出したるものに非ず。この店子をして他の家主の支配を受けしめ、この区長を転じて隣村の区長たらしめなば、必ずこれに満足せずして旧を慕うことあるべし。  而してその旧、必ずしも良なるに非ず、その新、必ずしも悪しきに非ず。

「学者安心論」福沢諭吉(青空文庫)

末尾部(原文より)

今の日本の有様にては、これを至難にして比すべきものなしといわざるをえず。然らばすなわち、国の独立は重大なり、外国の交際は至難なり。学者はこの重大至難なる責に当るも、なおかつこれをかえりみず、区々たる政府に迫りてただちに不平を訴え、ますますその拙陋を示さんと欲するか。事物の難易軽重を弁ぜざる者というべし。  ゆえにいわく、今の時にあたりては、学者は区々たる政府の政を度外に置き、政府は瑣々たる学者の議論を度外に置き、たがいに余地を許してその働をたくましゅうせしめ、遠く喜憂の目的をともにして間接に相助くることあらば、民権も求めずして起り、政体も期せずして成り、識らず知らず改進の元素を発達して、双方ともに注文通りの目的に達すべきなり。

「学者安心論」福沢諭吉(青空文庫)

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