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旧藩情(福沢諭吉)のあらすじ・登場人物

上士と下士の隔てを記す

  • 歴史

福沢諭吉 1877年(明治10年)5月

文字数
14,401字
読了目安
約29分
表記
新字新仮名

この作品について

福沢諭吉が1877年(明治10年)5月に記した、郷里の中津(奥平藩)の旧藩士の状態についての記録。上士と下士のあいだの身分の差、縁組、禄、教育、暮らし、言葉づかいの違いを項目ごとにあげ、封建の門閥がもたらした不平と、維新後の変化を考える。福沢自身の出身藩の実情を知る資料でもある。

あらすじ

旧中津藩士はおよそ千五百人で、身分は百余級に分かれるが、大きくは上士と下士の二等に分かれると述べる。下士はどれほどの功績や才力があっても上士の席には進めず、礼式や文通の書式、縁組も上下の間では行われなかった。禄の差も大きく、上士は千石を超える者もあるのに、下士は十五石三人扶持、十石一人扶持などで、内職に励んで暮らしを立てた。上士は文武の芸に励む余裕があるが、算筆の芸は賤しめられ、言葉づかいまで、上士・下士・商・農で違っていた。これらの門閥の制度のために、下士は常に不平を抱きながら、それを漏らす機会を持たなかった。やがて下士は商工の副業で力をつけ、上士の教育を羨んで学問に励み、上士の気風は退き、下士の力が進んでいく。維新の際に大きな騒動を免れたのは偶然の僥倖だったとし、その後は旧藩地に学校を設け、門閥の念を捨てることを望む。上下の士族が互いに縁組をしなかったのは藩士社会の大きな欠点で、有力の者から婚姻を結ぶ先例をつくることを勧める。

冒頭部(原文より)

旧中津奥平藩士の数、上大臣より下帯刀の者と唱るものに至るまで、凡、千五百名。その身分役名を精細に分てば百余級の多きに至れども、これを大別して二等に分つべし。すなわち上等は儒者、医師、小姓組より大臣に至り、下等は祐筆、中小姓(旧厩格)供小姓、小役人格より足軽、帯刀の者に至り、その数の割合、上等は凡そ下等の三分一なり。  上等の内にて大臣と小姓組とを比較し、下等の内にて祐筆と足軽とを比較すれば、その身分の相違もとより大なれども、明に上下両等の間に分界を画すべき事実あり。すなわちその事実とは、  第一、下等士族は何等の功績あるも何等の才力を抱くも、決して上等の席に昇進するを許さず。稀に祐筆などより立身して小姓組に入たる例もなきに非ざれども、治世二百五十年の間、三、五名に過ぎず。

「旧藩情」福沢諭吉(青空文庫)

末尾部(原文より)

然りといえども、世の中の事物は悉皆先例に傚うものなれば、有力の士は勉めてその魁をなしたきことなり。婚姻はもとより当人の意に従て適不適もあり、また後日生計の見込もなき者と強いて婚すべきには非ざれども、先入するところ、主となりて、良偶を失うの例も少なからず。親戚朋友の注意すべきことなり。一度び互に婚姻すればただ双方両家の好のみならず、親戚の親戚に達して同時に幾家の歓を共にすべし。いわんや子を生み孫を生むに至ては、祖父を共にする者あり、曾祖父を共にする者あり、共に祖先の口碑をともにして、旧藩社会、別に一種の好情帯を生じ、その功能は学校教育の成跡にも万々劣ることなかるべし。

「旧藩情」福沢諭吉(青空文庫)

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