武蔵野(山田美妙)のあらすじ・登場人物
言文一致の歴史小説
- 歴史
- 文字数
- 12,726字
- 読了目安
- 約25分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
山田美妙が1887年(明治20)に『読売新聞』へ発表した歴史小説。話し言葉に近い言文一致体を試みた初期の例として文学史で言及される。舞台は南北朝の争乱期の武蔵野で、新田義興にかかわる人々を中心に物語が進む。荒れた野と戦の跡を、色彩を意識した比喩で描く文章にも特色がある。
あらすじ
南北朝の争乱の世、荒涼たる武蔵野の枯野を、新田方の二人の武者が鎌倉をさして急いでいた。年かさの秩父民部と、その聟である若武者・世良田三郎である。二人は、味方の新田義興がすでに矢口の渡しで足利方の謀略に討たれたことを知らぬまま道を進むうち、野に放たれた馬と見えたものが足利の騎馬武者の一団であることに気づく。義興の死を告げられ、多勢に囲まれた二人は、剣の雨のなかに斬り伏せられてしまう。
一方、秩父の山里の家では、民部の妻(三郎の義母)と、その娘で三郎の妻でもある忍藻が、出立した父と夫の身を案じていた。義興が殺され、その手勢は一人も残らなかったという噂に、忍藻の胸は騒ぐ。母は、武士の妻たる者めそめそするなと娘を励ますが、忍藻は夫の形見の匕首を見つめては涙をこらえきれない。その夜、思いつめた忍藻は、薙刀と帷子と匕首を手に、ひそかに家を抜け出してしまう。
翌朝、娘の失踪に気づいた母のもとへ、大内平太と名のる見知らぬ武士が訪れる。平太は、武蔵野で斬り伏せられた民部と三郎の最期を伝え、さらに——山中で獣に追われ、脛を噛み切られて斃れていた一人の姫を見たという。それこそ、父と夫を追って出た忍藻であった。わずかのあいだに夫・父・娘の三人を失った母は、ただ眼を見張ったまま、ひとことも言葉が出ない。門の外には「忍藻御は熊に食われてよ」とざわめく声が近づく——。戦乱が無名の一家を容赦なく呑み込んでゆく悲劇を、みずみずしい言文一致体でうたいあげた一篇である。
冒頭部(原文より)
上 この武蔵野は時代物語ゆえ、まだ例はないが、その中の人物の言葉をば一種の体で書いた。この風の言葉は慶長ごろの俗語に足利ごろの俗語とを交ぜたものゆえ大概その時代には相応しているだろう。 ああ今の東京、昔の武蔵野。今は錐も立てられぬほどの賑わしさ、昔は関も立てられぬほどの広さ。今仲の町で遊客に睨みつけられる烏も昔は海辺四五町の漁師町でわずかに活計を立てていた。今柳橋で美人に拝まれる月も昔は「入るべき山もなし」、極の素寒貧であッた。
「武蔵野」山田美妙(青空文庫)
末尾部(原文より)
母は眼を見張ッたままであッた。平太はふたたび言葉を継いだ。 「おれがここへ来る途じゃ、はからず今のを見留めたのは。思えば不思議な縁でおじゃるが、その時には姫御前とはつゆ知らず……いたわしいことにはなッたぞや、わずかの間に三人まで」 母はなお眼をみはッたままだ。唇は物言いたげに動いていたが、それから言葉は一ツも出ない。 折から門にはどやどやと人の音。 「忍藻御は熊に食われてよ」
「武蔵野」山田美妙(青空文庫)
原文を読む
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