学問の独立(福沢諭吉)のあらすじ・登場人物
学問は政治から離れて立つ
- 社会
- 文字数
- 19,712字
- 読了目安
- 約39分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
1883年(明治16年)1月から2月にかけて「時事新報」に連載された福沢諭吉の論説。学問と政治は、ともに一国の幸福を目指しながら別のものだとして、官立学校を政治から切り離すこと、学者に位階勲章や年金を与えて優遇することなどを提案する。国会開設を前にした時期の、学校と党派政治の関係を論じた文章。
あらすじ
学問と政治は、目的をたどればどちらも一国の幸福を増すことだが、学問は政治ではなく、学者は政治家と異なると説き起こす。政治は活発に動くもの、学問は沈んで静かなものであり、二つを密着させると、政治の変動が学校に及び、教員も生徒も党派に巻き込まれる。徳川の昌平黌の林大学頭が政権に関わらなかったから学風が保たれた例、幕末に開成所が幕府の党派に傾いて動揺した例を挙げる。国会の開設を控えた今、その害の起こる前に手を打つべきだとして、文部省・工部省直轄の学校を官から離して共同の私立とし、資金を一時に与えて公債の利子で維持させ、全国の碩学を集めた学事会が学問の針路を定める案を示す。あわせて、帝室が私学校を保護し、学者に位階勲章や年金を与えて好きな学問に打ち込ませることを望む。学者に生計の安心を与えれば学問は進み、世の風潮が学生を政治へ駆り立てるのも鎮まると結ぶ。
冒頭部(原文より)
学問も政治も、その目的を尋ぬれば、ともに一国の幸福を増進せんとするものより外ならずといえども、学問は政治に非ずして、学者は政治家に異なり。けだしその異なるゆえんは何ぞや。学者の事は社会今日の実際に遠くして、政治家の働は日常人事の衝にあたるものなればなり。これをたとえば、一国はなお一人の身体の如くにして、学者と政治家と相ともにこれを守り、政治家は病にあたりて治療に力を用い、学者は平生の摂生法を授くる者の如し。開闢以来今にいたるまで、智徳ともに不完全なる人間社会は、一人の身体いずれの部分か必ず痛所あるものに異ならず。治療に任ずる政治家の繁忙なる、もとより知るべし。然るに学者が平生より養生の法を説きて社会を警むることあれば、あるいはその病を未発に防ぎ、あるいはたとい発病に及ぶも、大病にいたらずして癒るを得べし。
「学問の独立」福沢諭吉(青空文庫)
末尾部(原文より)
人の心を鎮撫するの要は、その身を安からしむるにあり。安身は安心の術なり。ゆえに今、帝室の保護をもって、私学校を維持せしめてかねてまた学者を優待するの先例を示されたらば、世間にも次第に学問を貴ぶの風を成して、自然に学者安身の地位も生ずべきがゆえに、専業の工たり農商たり、また政治家たる者の外は、学問社会をもって畢生安心の地と覚悟して、政壇の波瀾に動揺することなきを得べし。我が輩かつていえることあり、方今政談の喋々をただちに制止せんとするは、些少の水をもって火に灌ぐが如し、大火消防の法は、水を灌ぐよりも、その燃焼の材料を除くに若かずと。けだし学者のために安身の地をつくりてその政談に走るをとどむるは、また燃料を除くの一法なり。
「学問の独立」福沢諭吉(青空文庫)
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