帝室論(福沢諭吉)のあらすじ・登場人物
帝室は政治の外に立つ
- 社会
- 文字数
- 26,063字
- 読了目安
- 約52分
- 表記
- 旧字旧仮名
この作品について
1882年(明治15年)4月26日から5月11日まで「時事新報」に連載され、のち一冊にまとめられた論説。福沢諭吉が立案し、中上川彦次郎が筆記した。国会の開設を前に、帝室は政治の外に立って党派を超え、人心を収める中心であるべきだと論じ、学術・芸術の保護や賞与などを帝室の役目として挙げる。
あらすじ
帝室は政治社外のものであり、政治に関わる者は、帝室の尊厳と神聖を濫用してはならないというのが福沢の持論である。国会開設の勅諭が出て政党が生まれようとする今、帝室が直接政治に関われば、党派の争いに巻き込まれて尊厳を損なうと憂える。しかし、帝室が政治に関わらないことは「虚位」ではなく、万機に直接当たらずに万機を統べるものであり、政治が社会の形体を制するのに対して、帝室は人心を収める中心にあたるという。西南戦争の臨時巡査の例などを挙げ、軍人の精神を制して忠勇の向かう先を示せるのは帝室だけだとする。さらに、宗教や学問、音楽の力で人心を収める西洋の例にふれ、日本では帝室が学術・芸術の中心となり、孝子節婦や有功の者を賞し、旧来の芸術を保存する役を果たすことを望む。最後に、各国と比べて帝室費が豊かではないことも述べる。
冒頭部(原文より)
帝室は政治社外のものなり。苟も日本國に居て政治を談じ政治に關する者は、其主義に於て帝室の尊嚴と其神聖とを濫用す可らずとの事は、我輩の持論にして、之を古來の史乘に徴するに、日本國の人民が此尊嚴神聖を用ひて直に日本の人民に敵したることなく、又日本の人民が結合して直に帝室に敵したることもなし。往古の事は姑く擱き、鎌倉以來、世に亂臣賊子と稱する者ありと雖ども、其亂賊は帝室に對するの亂賊に非ずして、北條足利の如き最も亂賊視せらるゝ者なりと雖ども、尚且大義名分をば蔑如するを得ず。左れば此亂臣賊子の名は、日本人民の中にて各主義を異にし、帝室を奉ずるの法は斯の如くす可し、斯の如くす可らずとて、互に其遵奉の方法を爭ひ、天下の輿論に亂賊視せらるゝ者は亂臣賊子と爲り、忠義視せらるゝ者は忠臣義士たるのみ。
「帝室論」福沢諭吉(青空文庫)
末尾部(原文より)
此大勢進歩の間に、或は故障もあらん、妨害もあらんと雖ども、唯是れ一局處の障害にして憂るに足らず。古學は日新の學に害あるが如くに見ゆれども、其害たる唯一時一部分に止まるのみ。千百の古學者あるも天下の大勢を如何す可きや。況や其古學流の中にも、物理原則の部分を除くときは、取る可きも甚だ少なからず。我輩は勉めて之を保存せんと欲する者なり。尚況や我輩が帝室を仰て人心の中心に奉らんとするは、其無偏無黨の大徳に浴して一視同仁の大恩を蒙らんことを願ふ者なれば、我輩の志願決して空しからず。帝室は新に偏せず古に黨せず、蕩々平々、恰も天下人心の柄を執て之と共に運動するものなり。既に政治黨派の外に在り。焉ぞ復た人心の黨派を作らんや。謹て其實際を仰ぎ奉る可きものなり。
「帝室論」福沢諭吉(青空文庫)
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