自転車日記(夏目漱石)のあらすじ・登場人物
落ちて覚えるロンドンの自転車
- 文字数
- 8,308字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
ロンドン留学中の漱石が、下宿の婆さんの命令で自転車の稽古をした顛末を、擬古調と漢文調を混ぜた大仰な文体で綴った滑稽な日記。1903年に『ホトトギス』に載った。落車と巡査の冷笑、英国人家族の令嬢に遠乗りへ誘われて窮する場面など、留学生の孤独や劣等感を笑いにくるんで描く。小説家になる前の漱石のユーモアを味わえる小品である。
あらすじ
一九〇二年の秋、下宿の婆さんに降参の白旗を掲げた「余」は、媾和条件の第一款として自転車に乗れと命じられる。監督役に連れられ、ぎしぎし鳴る古い男乗りの自転車で稽古を始めるが、乗ろうとするたびに落ちる。巡査には馬場は馬の乗る所だと叱られ、翌日は坂の上から転がり出して、女学生の行列をかろうじて通り抜け、巡査の手前でようやく止まる。知り合いの英国人一家を訪ねたときには、令嬢からウィンブルドンへの遠乗りに誘われて返事に窮する。数日後、自転車の鞍とペダルの役目を悟ったと得意になるが、荷車を避けようとして、伯爵の息子と恩師の車の間に落ちてしまう。さらに角を急に曲がって後ろの人を落とし、「チンチンチャイナマン」と罵られる。鉄道馬車と荷車の間に割り込もうとしてまた落ちる。最後は、大落五度、小落は数知れず、物にならぬまま、二人の婆さんにからかわれる日々を嘆いて終わる。
冒頭部(原文より)
西暦一千九百二年秋忘月忘日白旗を寝室の窓に翻えして下宿の婆さんに降を乞うや否や、婆さんは二十貫目の体躯を三階の天辺まで運び上げにかかる、運び上げるというべきを上げにかかると申すは手間のかかるを形容せんためなり、階段を上ること無慮四十二級、途中にて休憩する事前後二回、時を費す事三分五セコンドの後この偉大なる婆さんの得意なるべき顔面が苦し気に戸口にヌッと出現する。
「自転車日記」夏目漱石(青空文庫)
末尾部(原文より)
余が廿貫目の婆さんに降参して自転車責に遇ってより以来、大落五度小落はその数を知らず、或時は石垣にぶつかって向脛を擦りむき、或る時は立木に突き当って生爪を剥がす、その苦戦云うばかりなし、しかしてついに物にならざるなり。
「自転車日記」夏目漱石(青空文庫)
名文
ああ悲いかなこの自転車事件たるや、余はついに婆さんの命に従って自転車に乗るべく否自転車より落るべく「ラヴェンダー・ヒル」へと参らざるべからざる不運に際会せり
ロンドン留学中の漱石が下宿の婆さんに自転車を勧められた顛末。「乗るべく否落るべく」と大仰な漢文調で自嘲する諧謔が楽しい。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。