十五年間(太宰治)のあらすじ・登場人物
戦災と故郷とサロン嫌い
- 文字数
- 18,551字
- 読了目安
- 約37分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
太宰治の随筆。1946年(昭和21年)4月、雑誌「文化展望」に発表された。二度の罹災ののち津軽の生家に身を寄せた作者が、十五年間の東京暮らしを自作とともに振り返る。「魚服記」「思い出」から「晩年」の紙袋、二十五回に及ぶ転居、「サロン思想」への嫌悪、戦時下の創作、疎開の旅までを語り、戦後の「新現実」へ向かう決意を示す。
あらすじ
二度罹災して津軽の生家に居候となった作者は、十五年間を過ごした東京での生活を、自作の発表の歴史とともに振り返ろうと思い立つ。昭和八年の「魚服記」「思い出」の発表、それらを紙袋に収めた「晩年」の原稿、井伏鱒二や長兄に育てられたこと、学生時代から数えて二十五回に及ぶ転居を記し、自分はサロンの偽善と戦ってきたと主張する。戦時中は「右大臣実朝」の発表で非国民扱いを受け、一方で小説を書き続け、津軽旅行から「津軽」「惜別」「お伽草子」へと進んだと語る。甲府で二度目の罹災をして、四昼夜かかって津軽へ着くまでの苦難も記される。戦後の「文化人」の叫ぶ主義にも同じにおいを感じる作者は、田舎者の拙さと単純な疑問で押し通そうと決意し、新聞連載中の「パンドラの匣」の一節を添えて結ぶ。
冒頭部(原文より)
れいの戦災をこうむり、自分ひとりなら、またべつだが、五歳と二歳の子供をかかえているので窮し、とうとう津軽の生家にもぐり込んで、親子四人、居候という身分になった。
「十五年間」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
「十年一日の如き、不変の政治思想などは迷夢に過ぎない。キリストも、いっさい誓うな、と言っている。明日の事を思うな、とも言っている。実に、自由思想家の大先輩ではないか。狐には穴あり、鳥には巣あり、されど人の子には枕するところ無し、とはまた、自由思想家の嘆きといっていいだろう。一日も安住を許されない。その主張は、日々にあらたに、また日にあらたでなければならぬ。日本に於いて今さら昨日の軍閥官僚を罵倒してみたって、それはもう自由思想ではない。それこそ真空管の中の鳩である。真の勇気ある自由思想家なら、いまこそ何を措いても叫ばなければならぬ事がある。天皇陛下万歳! この叫びだ。昨日までは古かった。古いどころか詐欺だった。しかし、今日に於いては最も新しい自由思想だ。十年前の自由と、今日の自由とその内容が違うとはこの事だ。それはもはや、神秘主義ではない。人間の本然の愛だ。アメリカは自由の国だと聞いている。必ずや、日本のこの真の自由の叫びを認めてくれるに違いない。」(後略)
「十五年間」太宰治(青空文庫)
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