夏秋表(立原道造)のあらすじ・登場人物
信濃路の虫の声と夕菅の花
- 文字数
- 1,623字
- 読了目安
- 約3分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 長野県
この作品について
立原道造が、信濃路で出会った虫と花の記憶を綴った散文。師と仰ぐ堀辰雄の山荘の庭で聞いた春蝉や草ひばりの声、そして杉浦明平に教えられた夕菅の花が、季節の移ろいとともに語られる。「その一」「その二」と続く連作的な構成の、淡く静かな文章。
あらすじ
「その一」は、二つの寂しい虫の命と交感したという話で始まる。信濃路に夏が訪れる日、先生の山荘の庭で、季節の会話の合間に春蝉の声を聞く。七月半ばの五日か七日だけ林で鳴き、あとは行方も知れない虫である。夏の間は忘れていたが、秋が深まった日に再び先生の庭を訪れ、虫籠の草ひばりを示され、先生はその姿に「仄か」という言葉を添えることを忘れなかった。後半では、杉浦明平が教えてくれたゆうすげの花が、橙色に近い黄の花びらを厚ぼったく膨らませて群れ咲く姿が出てくる。結びは、私の持つ二つのゆうすげの絵は互いに抗い、どちらかは跡形なく消えるだろう、というもの。
冒頭部(原文より)
その一 私はふたつのさびしい虫のいのちと交感を持った。 信濃路に夏の訪れのあわただしい日、私は先生の山荘の庭に先生とならんで季節の会話のひまにその虫の声を聞いたのである。春蝉と言った。七月なかば、五日か七日をかぎって、林のなかに啼いて、あとは行方も知らない。その日々の高原の空にはほととぎす、やぶうぐいす、閑古鳥などの唄がひびいていた。そのなかに、春蝉は彼のかなしい感傷の小曲をうたいあげたのである。
「夏秋表」立原道造(青空文庫)
末尾部(原文より)
夏の逝くころ、私はゆえもなく紀の国の外側の輪廓を海岸や浪の上を辿りいちばん慌しくめぐった。信濃路ではすでにそのころ秋雨のようなものが降っていたのに、私のめぐった線は明るく白じらしく晴れていた。帰るさ、私は伊良湖岬に杉浦明平を訪ねた。すると、杉浦明平が僕にゆうすげの花を岩かげに教えるような運命になっていた。信濃路を別れて十日あまり、明るい海光に曝されつづけた私の眼に、おなじ名の花とおもえない、みすぼらしいみじめな花の姿が強いられた。田中一三に私が教えたようには杉浦明平が私に教えるわけはなかった。その花は橙色に近い黄の花びらを一枚一枚ずうずうしい位に厚ぼったくふくらませ、一茎に幾花もむらがっていた。 私の持つふたつのゆうすげの絵は一体どうなることだろうか。互にあらがうであろう。そして、どちらかは跡方なく消えるであろう。
「夏秋表」立原道造(青空文庫)
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