立原道造の生涯と代表作
ソネットの建築家
- 生没
- 1914–1939
- 出身
- 東京都
- Wikipedia
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略歴
1914年(大正3年)、東京日本橋の商家に生まれる。東京帝国大学工学部建築学科に学び、辰野金吾賞を三度受けた俊英の建築家であると同時に、堀辰雄に見出された詩人でもあった。ソネット(十四行詩)の形式に、音楽的な響きと夢や郷愁を託した。信濃追分の高原を舞台にした「萱草に寄す」「暁と夕の詩」を自費出版の瀟洒な詩集として世に出した。「はじめてのものに」「のちのおもひに」などの詩は、いまも若い読者に読み継がれている。詩誌「四季」に参加し、堀辰雄や三好達治らと活動した。建築では、浅間山麓の芸術家たちの集落や、自らの小さな居場所「ヒアシンスハウス」を構想するなど、暮らしと創作を結ぶ空間にも夢を託している。結核のため、1939年(昭和14年)に24歳で早世した。