萱草に寄す(立原道造)のあらすじ・登場人物
私らは二たび逢はぬであらう
- 文字数
- 2,400字
- 読了目安
- 約5分
- 表記
- 新字旧仮名
- 舞台
- 長野県
この作品について
24歳で夭折した詩人・立原道造が、自らの手で装釘して自費出版した第一詩集。「SONATINE No.1」「SONATINE No.2」と音楽の楽章のように組まれた十行詩・ソネットが並び、信濃追分の高原の光と風、出会いと別れの予感が、ささやくような日本語で歌われる。「はじめてのものに」「またある夜に」など、日本近代詩でもっとも繊細な抒情の結晶。
あらすじ
「ささやかな地異は そのかたみに/灰を降らした この村に ひとしきり」——冒頭の「はじめてのものに」は、浅間の噴火の灰が降りしきる村での、ひと夜の語らいを描く。窓に凭れて人と語りあった夜、部屋の隅々に光と笑い声が溢れていた。人の心を知ることは……人の心とは……と問いかけながら、青年は相手が蛾を追う手つきをいぶかしく見つめている。続く「またある夜に」では、霧のなかにたたずむ二人が、知ることもなく知られることもなく、出会った雲のように別れてゆくだろうと予感される。「私らは二たび逢はぬであらう」。「晩き日の夕べに」では、大きなめぐりが用意されているのに誰もそれと気づかないと歌われ、「わかれる昼に」では「ゆさぶれ 青い梢を/もぎとれ 青い木の実を」と、若い生命が呼びかけられる。詩集は「SONATINE No.2」「四つの詩」へと進み、夏の弔い、旅、忘却が繰り返し主題となる。「おぼえてゐたら! 私はもう一度かへりたい/どこか? あの場所へ」。そして最後の「忘れてしまつて」では、豊かに熟れた葡萄と無花果、流れる雲を草の上から眺めながら、「私は ひとりに とりのこされた!」とつぶやき、それでも「静かな音楽にかなふ和やかだけで」と信じると結ばれる。
冒頭部(原文より)
SONATINE No.1 はじめてのものに ささやかな地異は そのかたみに 灰を降らした この村に ひとしきり 灰はかなしい追憶のやうに 音立てて 樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきつた その夜 月は明かつたが 私はひとと 窓に凭れて語りあつた(その窓からは山の姿が見えた)
「萱草に寄す」立原道造(青空文庫)
末尾部(原文より)
忘れてしまつて 深い秋が訪れた!(春を含んで) 湖は陽にかがやいて光つてゐる 鳥はひろいひろい空を飛びながら 色どりのきれいな山の腹を峡の方に行く 葡萄も無花果も豊かに熟れた もう穀物の収穫ははじまつてゐる 私は ひとりに とりのこされた!
「萱草に寄す」立原道造(青空文庫)
名文
夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に 水引草に風が立ち 草ひばりのうたひやまない しづまりかへつた午さがりの林道を
「のちのおもひに」の冒頭。二十四歳で早世した詩人が、過ぎ去った時間を夢の記憶として書きとめた四行。
原文を読む
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