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小林さんと私のツキアイ(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

酔っ払い同士の交遊の思い出

坂口安吾 1951年(昭和26年)3月 「小林秀雄全集月報」

文字数
1,871字
読了目安
約4分
表記
新字新仮名
種別
随筆

この作品について

批評家・小林秀雄との交遊を、初対面の夏の夜から思い出して綴った短い随筆。青山二郎の私宅での出会い、同人誌「文科」時代の銀座での酒、新潟へ向かう列車の食堂車で朝から飲みつづけた日のことなど、酔っ払い同士のつきあいが気取らない口語で語られる。初出は東京創元社『小林秀雄全集』第八巻の月報第七号(1951年3月)。

あらすじ

作者が小林秀雄にはじめて会ったのは、昭和六年の夏、青山二郎の私宅だった。牧野信一に連れられて文壇を遍歴するなかの一場面で、その夜、作者は腹をこわして酒がのめず、傍観者として小林や河上徹太郎の様子を記憶している。小林は「オフェリヤ遺文」を書き悩んでいたらしく、頭髪ボウボウで深刻そうな顔をしていた。半年ほどのち、春陽堂から同人雑誌「文科」が出て、同人たちはウィンザアというバアをたまり場にした。小林と作者のつきあいは、そこで酔っぱらってからんだりからまれたりしていた程度で、並んで立小便をして小林だけが巡査に捕まったこともある。また、作者が越後の親戚へ法要に赴くとき、新潟高校へ講演に行く小林と上野駅で会い、大宮から食堂車で朝九時から午後二時半まで飲み続けた。越後川口で降りるとき、小林は作者の荷物をひったくって降車口へ案内してくれたが、降ろされたのは反対側の貨物列車との間のホームだった。それでも小林さんは根はやさしくて親切な人なのだと、作者は笑いながら結ぶ。

冒頭部(原文より)

 小林さんにはじめて会ったのは、青山二郎の私宅であった。そうだなア。あれは、私の二十六の時らしいな。すると、昭和六年、頃は夏だ。なぜなら、青山二郎がサルマタ一ツの姿だったから。  私が「青い馬」という同人雑誌に「風博士」というのを書いて牧野信一に文藝春秋誌上で大そうなおほめの言葉をうけた。それが縁で文藝春秋に作品を書くことになったが、はじめて書いたのが、その年の盛夏の頃であった。それ以来、牧野信一が方々の彼の親友のところをひきまわしてくれて、私も文壇というところの一角だけを覗くようになったのである。

「小林さんと私のツキアイ」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

 大宮から食堂車がひらいたので、二人で飲みはじめ、越後川口へつくまで、朝の九時から午後二時半まで、飲みつづけたね。二人ともずいぶん酔っていたらしい。越後川口で降りるとき、彼は私の荷物をひッたくッて、急げ急げと先に立って降車口へ案内して、私を無事プラットフォームへ降してくれた。ひどく低いプラットフォームだなア。それに、せまいよ。第一、誰もほかに降りやしない。駅員もいねえや。田舎の停車場はひどいもんだと思っていたが、バイバイと手をふって、汽車が行ってしまうと、私はプラットフォームの反対側の客車と貨物列車の中間に立たされていたのだね。私がそこへ降りたわけじゃなくて、彼が私をそこへ降したのである。親切に重い荷物まで担いでくれてさ。小林さんは、根はやさしくて、親切な人なんだね。

「小林さんと私のツキアイ」坂口安吾(青空文庫)

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