こがね丸(巌谷小波)のあらすじ・登場人物
獣たちが語る山の物語
- 冒険
- 幻想
- 文字数
- 30,990字
- 読了目安
- 約1時間2分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
1891年(明治24年)1月、博文館の「少年文学」叢書第一編として刊行された巌谷小波の創作のお伽噺。深山で獣たちを従える虎の金眸大王と、その機嫌を取る古狐の聴水が、雪の日に言葉を交わすところから物語が動きだす。犬の黄金丸を主人公に、動物の世界へ人間の身分や義理を移した冒険を描く。森鴎外が序を寄せ、小波は凡例で、少年向けの文学を試みる意図を説明した。文語体を選び、ときに五七調を用いたのも、声に出して読みやすく、理解しやすい文章を目指したためだという。構想の助けには、ゲーテやグリム、アンデルセンの作品と、日本の昔話や説話、黄表紙などを挙げている。動物同士の会話や言葉遊びを盛り込み、古くからの物語の語り方を子供の読み物へつなぐ工夫が見える。日本の近代児童文学の先駆けとして知られ、子供に向けた創作を出版する試みを伝える一冊である。
あらすじ
深山に君臨する猛虎・金眸大王は、古狐の聴水にそそのかされ、麓の荘官の飼犬・月丸を襲って喰い殺す。夫を目の前で失った雌犬・花瀬は、身重ゆえに仇を討てぬまま一子・黄金丸を産み落として息絶える。牝牛の牡丹と牡牛の文角に育てられた黄金丸は、成長して自らの素性と父母の仇を知り、まず牙を鍛えるべく武者修行の旅に出る。道中、荒れ寺で猟犬・鷲郎と出会って義兄弟の契りを結び、二匹は力を合わせて仇敵に立ち向かう。狡猾な聴水をはじめとする金眸の一味を退けたのち、酒に酔って油断する金眸の巣穴へ攻め入り、激闘の末についに父母の仇を討ち果たす。首級を主家に捧げた黄金丸と鷲郎は褒美を賜り、番犬として忠勤を尽くしたという。
登場人物
- 黄金丸(こがねまる) 本作の主人公。荘官の飼犬・月丸と花瀬の遺児で、背に金色の毛が混じる茶色の雄犬。父母の仇を討つべく旅立つ。
- 金眸大王(きんぼうだいおう) 深山に君臨する年経た猛虎。獣たちを虐げ、人里も脅かす。黄金丸の父母の仇。
- 聴水(ちょうすい) 金眸に仕える狡猾な古狐。月丸への私恨から金眸をそそのかす。
- 月丸(つきまる)・花瀬(はなせ) 黄金丸の父母。月丸は金眸に襲われて命を落とし、花瀬は黄金丸を産んで息絶える。
- 文角(ぶんかく)・牡丹(ぼたん) 黄金丸を育てた牛の夫婦。
- 鷲郎(じゅうろう) 荒れ寺で黄金丸と出会う猟犬。義兄弟の契りを結び、仇討ちに加わる。
冒頭部(原文より)
むかし或る深山の奥に、一匹の虎住みけり。幾星霜をや経たりけん、躯尋常の犢よりも大く、眼は百錬の鏡を欺き、鬚は一束の針に似て、一度吼ゆれば声山谷を轟かして、梢の鳥も落ちなんばかり。一山の豺狼麋鹿畏れ従はぬものとてなかりしかば、虎はますます猛威を逞うして、自ら金眸大王と名乗り、数多の獣類を眼下に見下して、一山万獣の君とはなりけり。 頃しも一月の初つ方、春とはいへど名のみにて、昨日からの大雪に、野も山も岩も木も、冷き綿に包まれて、寒風坐ろに堪えがたきに。金眸は朝より洞に籠りて、独り蹲まりゐる処へ、兼てより称心の、聴水といふ古狐、岨伝ひに雪踏み分て、漸く洞の入口まで来たり。雪を払ひてにじり入り、まづ慇懃に前足をつかへ、「昨日よりの大雪に、外面に出る事もならず、洞にのみ籠り給ひて、さぞかし徒然におはしつらん」トいへば。金眸は身を起こして、「聴水なりしか、よくこそ来りつれ」。
「こがね丸」巌谷小波(青空文庫)
末尾部(原文より)
文角は今まで洞口にありて、二匹の犬の働きを、眼も放たず見てありしが、この時徐ろに進み入り、悶絶なせし二匹をば、さまざまに舐り勦はり。漸く元に復りしを見て、今宵の働きを言葉を極めて称賛へつ。やがて金眸が首級を噬み切り、これを文角が角に着けて、そのまま山を走せ下り、荘官が家にと急ぎけり。かくて黄金丸は主家に帰り、件の金眸が首級を奉れば。主人も大概は猜しやりて、喜ぶことななめならず、「さても出来したり黄金丸、また鷲郎も天晴れなるぞ。年頃数多の獣類を虐げ、あまつさへ人間を傷け、猛威日々に逞しかりし、彼の金眸を討ち取りて、獣類のために害を除き、人間のために憂を払ひしは、その功けだし莫大なり」トて、言葉の限り称賛へつ、さて黄金丸には金の頸輪、鷲郎には銀の頸輪とらして、共に家の守衛となせしが。二匹もその恩に感じて、忠勤怠らざりしとなん。めでたしめでたし。
「こがね丸」巌谷小波(青空文庫)
名文
奇獄小説に読む人の胸のみ傷めむとする世に、一巻の穉物語を著す。これも人真似せぬ一流のこころなるべし。
巌谷小波『こがね丸』(1891年)の序。胸を傷める小説の多い世に、一巻の「穉物語」を著すと宣言した、日本の創作児童文学の出発点。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。