骨董(幸田露伴)のあらすじ・登場人物
高慢税を払って楽しむ骨董
- 文字数
- 18,940字
- 読了目安
- 約38分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
1926年(大正15年)11月の日付を持つ幸田露伴の随筆。「骨董」という語の由来を中国の文献からたどる考証に始まり、骨董を愛でることの効用を、大金を払って名品を手にする喜びを「高慢税」と名づけて洒脱に論じる。信長や秀吉の時代に茶器が勲功の褒美となり、千利休が物の価値を定めたことを、不換紙幣の発行にたとえる一節もある。さらに、安く名品を手に入れようとする「掘出し物」根性を戒め、出処のある話として、京都の道具屋が片方だけの鐙でしてやられた逸話や、明代の名品・定窯の鼎とその精巧な模品をめぐって人々の目利きと欲が交錯する長い話を紹介する。軽妙な語り口に、物と人の欲をめぐる露伴の博識がのぞく文章だ。
あらすじ
骨董という語は中国の俗語の音を写したもので、古銅の音転とする説は疑わしく、唐の船引き歌の囃し言葉に由来するという説が紹介される。骨董が尊ばれるおかげで文明史が血肉を備えるのであり、骨董好きになってこそ人間並みだと露伴は持ち上げ、名品に大金を払うのは喜びと自慢のために納める「高慢税」だと説く。信長は家臣の勲功に茶器を与え、秀吉は茶事を大いに煽り、千利休がよしとした物が世の価値となった。利休はいわば不換紙幣の発行者であり、役目が済むと殺されたと論じる。中年中産の骨董好きには分野を絞った筋の通った蒐集を勧め、掘出し物を狙う根性を戒める。京都堀川の道具屋金八は、深草で片方だけの鐙を見たあと、大阪の店で同じ片方を見つけて高値で買い、父に左右を確かめなかったと叱られて「片鐙の金八」と呼ばれた。明代、唐太常の白定窯の鼎は天下一品と称されたが、周丹泉はそれを見ただけで寸分違わぬ模品を造ってみせた。後に杜九如はその模品を真物と思って千金で奪うように買い取り、その鼎は悪徳骨董屋の王廷珸の手に落ちる。廷珸は似ても似つかぬ方鼎を売りつけて訴えられかけ、黄正賓の倪雲林の画を模本とすり替えようとして見破られ、争いのなかで鼎は砕け、正賓は死ぬ。廷珸が杭州で売った別の贋鼎も、足を折った料理番が身を投げたのち銭塘江に沈められた。骨董は好いが、高慢税は気持ちよく払って楽しみたく、こうした者たちには関わりたくないと露伴は結ぶ。
登場人物
- 金八 京都堀川の道具屋。「片鐙の金八」
- 周丹泉 明の目利き。定窯の鼎の模品を造る
- 唐太常 天下一品と称された定窯の鼎の持ち主
- 杜九如 淮安の大商人。名品を買い集める
- 王廷珸 狡猾な骨董屋
冒頭部(原文より)
骨董というのは元来支那の田舎言葉で、字はただその音を表わしているのみであるから、骨の字にも董の字にもかかわった義があるのではない。そこで、汨董と書かれることもあり、また古董と書かれることもある。字を仮りて音を伝えたまでであることは明らかだ。
「骨董」幸田露伴(青空文庫)
末尾部(原文より)
これでこの一条の談は終りであるが、骨董というものに附随して随分種〻の現象が見られることは、ひとりこの談のみの事ではあるまい。骨董は好い、骨董はおもしろい。ただし願わくはスラリと大枚な高慢税を出して楽みたい。廷珸や正賓のような者に誰しも関係したくは思うまい。それからまた、いくら詰らぬ人にだって、鼎の足を折ったために身を投げてもらったりなぞしたくはあるまい。
「骨董」幸田露伴(青空文庫)
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