骨董羹 ―寿陵余子の仮名のもとに筆を執れる戯文―(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
雑学と皮肉を煮込んだ短文集
- 文字数
- 10,874字
- 読了目安
- 約22分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
芥川龍之介が「寿陵余子」の仮名で書いた、漢文調の文語による短文集。「別乾坤」「軽薄」「雅号」「青楼」「誤訳」「松並木」「柔術」「煙草」「尾崎紅葉」「誨淫の書」「演劇史」など四十ほどの短い項目を、日付つきで並べる。東西の書物や風俗の雑話、文壇の人々へのからかいが、短く切れ味のある文章で記されている。題の「骨董羹」は、雑多なものを一つの鍋に煮込んだ料理の意。末尾に大正九年とある。
あらすじ
各項目は一月下旬から二月ごろまでの日付つきで、数行から十数行ほどの短い文語の雑文である。「別乾坤」では、ジュディット・ゴーチエの描く支那や北斎の水滸画伝のように、芸術が作り出す世界はそのものの写実ではなく別世界だと述べる。「軽薄」では、真跡を見ずに文湖州の竹を論じた者と、写真版のセザンヌの色を論じる人を並べて戒める。「同人雑誌」「雅号」「青楼」「言語」「誤訳」「戯訓」などでは、フランス象徴派の雑誌やゴンクールの日本趣味、翻訳の滑稽な誤り、久米正雄の戯訓などを話題にする。「煙草」「柔術」「妖婆」では西洋文学に描かれた日本や魔女の話を、「尾崎紅葉」では紅葉の小説は今日読んでも光彩を失わないと記す。最後の「演劇史」は、明治17年に出た永井徹の「各国演劇史」を、シェイクスピアを十二歳の児童と書くなどの笑える記述が多いと紹介し、著者が警視庁の警視属だったことも一興だと結ぶ。
冒頭部(原文より)
Judith Gautier が詩中の支那は、支那にして又支那にあらず。葛飾北斎が水滸画伝の画も、誰か又是を以て如実に支那を写したりと云はん。さればかの明眸の女詩人も、この短髪の老画伯も、その無声の詩と有声の画とに彷弗たらしめし所謂支那は、寧ろ彼等が白日夢裡に逍遙遊を恣にしたる別乾坤なりと称すべきか。人生幸にこの別乾坤あり。誰か又小泉八雲と共に、天風海濤の蒼々浪々たるの処、去つて還らざる蓬莱の蜃中楼を歎く事をなさん。
「骨董羹 ―寿陵余子の仮名のもとに筆を執れる戯文―」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
西洋演劇研究の書今は多く出でたれど、その濫觴をなせしものは永井徹が著したる各国演劇史の一巻ならん。この書、太鼓喇叭竪琴などを描きたる銅版画の表紙の上に、Kakkoku Engekishi なる羅馬字を題す。内容は劇場及機関道具等の変遷、男女俳優古今の景状、各国戯曲の由来等なれど、英吉利の演劇を論ずること最も詳しきものの如し。その一斑を紹介すれば、「然るに千五百七十六年女王エリサベスの時代に至り、始めて特別演劇興行の為め、ブラツク・フラヤス寺院の不用なる領地に於て劇場を建立したり。之を英国正統なる劇場の始祖とす。(中略)俳優にはウイリヤム・セキスピヤと云へる人あり。当時は十二歳の児童なりしが、ストラタフオルドの学校にて、羅甸並に希臘の初学を卒業せしものなり。」の如き、破顔微笑せらるる記事少からず。明治十七年一月出版、著者永井徹の警視庁警視属なるも一興なり。
「骨董羹 ―寿陵余子の仮名のもとに筆を執れる戯文―」芥川龍之介(青空文庫)
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