苦悩の年鑑(太宰治)のあらすじ・登場人物
思想の遍歴を断片で綴る
- 文字数
- 7,798字
- 読了目安
- 約16分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
太宰治の随筆。1946年(昭和21年)3月、雑誌「新文藝」に発表された。戦後に唱えられる「新思想」への違和から、自分自身の「思想」の歴史を断片のかたちで書き並べる。津軽の大地主の家に生まれた少年期、プロレタリア運動への傾倒と挫折、二・二六事件、戦争を経て、敗戦後の心境に至るまでを、飾らない語り口でたどる、作者の自画像のような一編。
あらすじ
戦後に叫ばれる「新思想」を見て、時代は少しも変わらないと感じた作者は、小説『思い出』に記した少年期の思想──明治天皇崩御の記憶、デモクラシーに触れた小学校のころの話──を引き、いまの新思想と大差ないと言う。思想家の回想録にある劇的な転機を信じず、自分の忘れ得ぬ事実を断片のまま並べると断り、津軽の大地主の家系、読書に明け暮れた幼時、高校時代のプロレタリア思想への傾倒と、「ブルジョアの坊ちゃん」としての居場所のなさを語る。満洲事変、二・二六事件に対する憤り、大本営発表の言葉への嘲笑、敗戦の恥ずかしさを順に記し、結びでは、十歳の民主派、二十歳の共産派、三十歳の純粋派、四十歳の保守派という自己の変遷を述べ、フランスのモラリストの感覚を基調に、天皇に倫理の規範を置く自給自足の桃源を夢想する。
冒頭部(原文より)
時代は少しも変らないと思う。一種の、あほらしい感じである。こんなのを、馬の背中に狐が乗ってるみたいと言うのではなかろうか。
「苦悩の年鑑」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
十歳の民主派、二十歳の共産派、三十歳の純粋派、四十歳の保守派。そうして、やはり歴史は繰り返すのであろうか。私は、歴史は繰り返してはならぬものだと思っている。 × まったく新しい思潮の擡頭を待望する。それを言い出すには、何よりもまず、「勇気」を要する。私のいま夢想する境涯は、フランスのモラリストたちの感覚を基調とし、その倫理の儀表を天皇に置き、我等の生活は自給自足のアナキズム風の桃源である。
「苦悩の年鑑」太宰治(青空文庫)
名文
時代は少しも変らないと思う。一種の、あほらしい感じである。
戦後に書かれた『苦悩の年鑑』の書き出し。世の変化を冷めた目で見る一言から、自らの思想遍歴の回想が始まる。
十歳の民主派、二十歳の共産派、三十歳の純粋派、四十歳の保守派。そうして、やはり歴史は繰り返すのであろうか。私は、歴史は繰り返してはならぬものだと思っている。
自身の思想の変遷を年齢ごとに言い表した一節。短い言葉の並びに、戦後の太宰の屈折した心境がにじむ。
原文を読む
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