アプリで読む

無料・登録不要

教祖の文学――小林秀雄論――(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

見るな生きろと説く挑発

坂口安吾 1947年(昭和22年)6月 「新潮」

文字数
13,180字
読了目安
約26分
表記
新字新仮名

この作品について

1947年(昭和22年)、「新潮」に発表された坂口安吾の評論。副題は「小林秀雄論」。酔って駅のホームから転落した小林秀雄の逸話から語り起こし、『当麻』『西行』『実朝』などで示される小林の文学観を、「教祖」の文学として批判する。作家にとって文学とは「見ること」ではなく「生きること」だ、という安吾の主張が軸で、坂口安吾の文学観を示す代表的なエッセイの一つとして知られる。

あらすじ

「私」は、小林秀雄が水道橋のホームから酒瓶ごと転落して助かったと聞き、頑強で緻密な男だと思いこんでいた自分の盲信を笑う。十六、七年前、上越線の食堂車で酒を酌みかわした思い出も添えられる。続いて安吾は、小林が『当麻』『西行』『実朝』などで語る態度を引き、「美しい花がある。花の美しさというものはない」といった言いまわしを、気のきいた言葉の遊びと断じる。小林は詩人の作品のみを見ればよく、生活や人間の仮面の下を詮索するには及ばないと説くが、作家にとって読書は学ぶこと、作品は書くだけでなく生きることだ、と安吾は反論する。生きる人間をその文学から締め出してしまった小林は、文学と縁を切り、鑑定家として「奥義」を開いた教祖であり、邪教の主だと安吾は断じる。宮沢賢治の遺稿「眼にて言ふ」を引き、血を吹きながら見た青空と風のほうが、見えすぎる目の悟りよりも品物が違うと語る。小説は人生のオモチャであり夢を書くもので、墜落や尻もちを恐れずに背のびするところに価値がある。結びには、久米の仙人の墜落と小林の墜落を比べ、「本当の美は久米の仙人が見たのだ」と述べる。

冒頭部(原文より)

去年、小林秀雄が水道橋のプラットホームから墜落して不思議な命を助かったという話をきいた。泥酔して一升ビンをぶらさげて酒ビンと一緒に墜落した由で、この話をきいた時は私の方が心細くなったものだ。それは私が小林という人物を煮ても焼いても食えないような骨っぽい、そしてチミツな人物と心得、あの男だけは自動車にハネ飛ばされたり川へ落っこったりするようなことがないだろうと思いこんでいたからで、それは又、私という人間が自動車にハネ飛ばされたり川へ落っこったりしすぎるからのアコガレ的な盲信でもあった。

「教祖の文学――小林秀雄論――」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

いや、久米の仙人の墜落自体が美というものではないか。  落下する小林は地獄を見たかも知れぬ。然し落下する久米の仙人はただ花を見ただけだ。その花はそのまま地獄の火かも知れぬ。そして小林の見た地獄は紙に書かれた餅のような地獄であった。彼はもう何をしでかすか分らない人間という奴ではなくて教祖なのだから。人間だけが地獄を見る。然し地獄なんか見やしない。花を見るだけだ。

「教祖の文学――小林秀雄論――」坂口安吾(青空文庫)

名文

死ねば私は終る。私と共にわが文学も終る。なぜなら私が終るですから。私はそれだけなんだ。

死後の名声を問題にしない「三文文士」の立場を語った一節。生きている間の文学にすべてを賭ける安吾の覚悟が端的に示される。

つまり教祖は独創家、創作家ではないのである。教祖は本質的に鑑定人だ。

小林秀雄を「教祖」と呼んで批判した『教祖の文学』の一節。骨董を愛する批評家を「鑑定人」と言い切る、安吾の痛烈な論法である。

人生はつくるものだ。必然の姿などというものはない。歴史というお手本などは生きるためにはオソマツなお手本にすぎないもので、自分の心にきいてみるのが何よりのお手本なのである。

「歴史の必然」を説く小林に対し、人生は自分でつくるものだと反論する一節。安吾の生き方の哲学がよく表れている。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品