澪標(外村繁)のあらすじ・登場人物
妻の病と来し方の記
- 心理
- 家族
- 文字数
- 78,838字
- 読了目安
- 約2時間38分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 滋賀県
- 京都府
- 東京都
- 山形県
この作品について
近江商人の家に生まれた「私」は、膳所中学・三高で梶井基次郎や中谷孝雄らと出会い、東京で最初の妻とく子と暮らし、その死を経て二度目の妻貞子と結ばれる。自らの来し方を、飾らない告白調でたどってきた語り手のもとへ、ある日、五十歳になった貞子が乳癌だと告げて帰ってくる。自身も上顎の腫瘍を患った作者が、夫婦の愛を無常の中に見つめた、晩年の私小説。読売文学賞受賞作。
あらすじ
滋賀県五個荘の近江商人の家に生まれた「私」は、幼い日の朧げな記憶から語り始める。気丈で厳格な母のもとで育ち、小学校を出ると膳所中学へ進んで脇村先生の許で寄宿する。中学では次兄を病で失い、三高に入ると劇研究会で梶井基次郎や中谷孝雄と知り合い、倉田百三の戯曲を通じて「歎異鈔」に出会う。東京帝大に進んだのち、カフェの女給とく子と恋に落ち、周囲の反対を押して子をもうけ、やがて家業を継いで五人の子の父となる。戦時中の苦難を経て、昭和二十三年にとく子は病で世を去り、私は慟哭する。翌年、私は職場を持つ年下の貞子と結婚し、その愛を、人間の愛の愚かさと無常を知った上での新鮮な歓びとして味わうようになる。蔵王山麓の貞子の郷里を訪ね、あちこちの温泉に遊ぶ穏やかな日々の中、五十六歳の私は上顎の腫瘍で入院して放射線治療を受け、辛うじて快方に向かう。しかし二年後の早春、勤めを終えて帰宅した貞子が、乳癌だと静かに告げる。貞子は築地の癌研附属病院に入院し、左の乳房を切除する手術を受ける。医師は病が進んでいることを私に明かし、私は動揺を抑えて毎日病院へ通う。妻の寝顔を見つめるうち、私は残された力でこの妻と生き抜こうと心に決め、手術の傷は順調に癒えて、貞子はコバルト治療のため大塚の病院へ移ることになる。
登場人物
- 私(新村晋) 近江商人の家に生まれた小説家。語り手で、作者自身を重ねた人物
- 貞子 二度目の妻。山形の出身で職場に勤め、乳癌を患う
- とく子 最初の妻。カフェの女給から妻となり、五人の子を産んで病没する
- 梶井基次郎 三高以来の友人。酒を愛した作家
- 中谷孝雄 三高以来の友人。同人雑誌をともにする
- 脇村先生 膳所中学時代、私を預かった恩師
- 母 郷里の屋敷を守る、厳格で気丈な母
冒頭部(原文より)
私が生れたところは滋賀県の五個荘である。当時は南、北五個荘村に分れていたが、今は旭村と共に合併して、五個荘町となっている。 村の西南部には小山脈が連っている。繖山脈と呼ばれている。その一峰に、往昔、近江守護、六角、佐佐木氏の居城のあった観音寺山がある。その山頂にある観音寺は西国第三十三番の札所である。
「澪標」外村繁(青空文庫)
末尾部(原文より)
毎日、私は妻の病院へ通っている。国電で四谷まで行き、地下鉄に乗換え、西銀座で降りる。西銀座から病院まで、私は往復とも自動車に乗らないことにする。少しでも足を強くしたいためである。また、私は決して道を急がない。散歩のつもりで歩いて行く。舗道を横断する時も、青の途中では横切らない。赤になり、更に青になるまで待っている。少しでも神経を疲れさせないためである。 次第に歩くのが億劫でなくなって来る。気持のせいかも知れないが、階段を上る足取りもしっかりして来る。確かに食欲も出て来る。ある日、妻は見舞に貰った鮓を食したので、私は妻の昼食を食べる。丼の飯をすっかり平げて、妻を驚かせる。昼間に酒類を口にすることも全くなくなる。病院から帰って来ると、直ぐ机に向かう。私は仕事がしたくてならないのである。 手術の翌朝、妻は大きな岩の間に挟まれているようだと、疼痛を訴えていたが、意外に早く痛みもとれ、手術の傷の回復は至って順調である。大塚へ移るのもそう遠くはなかろう。
「澪標」外村繁(青空文庫)
原文を読む
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