ちゃん(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
不器用な父と長屋の家族の情
- 家族
- 心理
- 文字数
- 22,387字
- 読了目安
- 約45分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
山本周五郎が1958年(昭和33年)2月、『週刊朝日別冊陽春特別読物号』に発表した短編小説。日本橋の長屋に住む重吉は、手間のかかる五桐火鉢を作る職人である。安い品や新しい流行に注文を奪われ、仕事は思わしくない。月に二度の勘定日の夜には酔って帰り、戸口でくだを巻いて、妻のお直や子供たちを困らせている。かつて同じ店で育った友人たちは独立し、重吉にも時勢に合う仕事への転換を勧める。火鉢の木地や蒔絵にかける手間の説明から、腕前の確かさと暮らしの苦しさが必ずしも釣り合わない職人の境遇が見える。普段は無口な父、家計を助ける家族、聞こえないふりをする隣人たちの関係を、声の調子や呼びかけの違いで描き分ける。題名の「ちゃん」は子供が父を呼ぶ言葉で、長屋の生活に響くその声が作品の入口となっている。
あらすじ
日本橋長沢町の裏長屋に住む指物職人の重吉は、五桐火鉢造りひとすじの生真面目な男だが、時勢の変化で仕事が細り、勘定日の晩には深酒をしては女房のお直や子供たちに介抱される始末だった。かつて同じ店で修業した友人の新助と真二郎は、いち早く流行に乗った商売に鞍替えして成功しており、重吉にも意地を捨てて儲かる仕事に切り替えるよう説く。断りきれず思い悩む重吉は、深酒のあげく見も知らぬ貧しい男・喜助を家に伴って酒を振る舞うが、その夜のうちに家財を盗まれてしまう。自分は一家の厄病神だと思い詰めた重吉は、夜逃げ同然に家を出ようとするが、目を覚ました女房子たちに押しとどめられる。長男の良吉をはじめ子供たちは口々に「出てゆくならおれたちも一緒だ」と言い張り、一家がばらばらになることを拒む。その情愛に触れた重吉は思いとどまり、店を離れて自分の手で五桐火鉢を作り続ける道を選ぶ。それからも勘定日の晩には相変わらず深酒をしてくだを巻く重吉の姿があるが、それを迎える家族の情景は、貧しくとも変わらぬ温かさに満ちている。
登場人物
- 重吉(重さん) 日本橋の五桐火鉢職人。不器用で酒好きだが、仕事の意地を捨てられない本作の主人公
- お直 重吉の妻。気丈に一家を支える働き者のかみさん
- 良吉 重吉の長男。十四歳で仕出し魚屋の見習いをしながら家計を助ける
- おつぎ 重吉の長女。十三歳で母とともに内職をする
- 亀吉 重吉の次男。七歳
- お芳 重吉の末娘。三歳ながらませた口をきく
- 新助・真二郎 重吉のかつての同僚。いち早く時勢に合った商売に転じた友人
- 喜助 重吉が酒の席で伴れ帰った身寄りのない男
冒頭部(原文より)
その長屋の人たちは、毎月の十四日と晦日の晩に、きまって重さんのいさましいくだを聞くことができた。 云うまでもないだろうが、十四日と晦日は勘定日で、職人たちが賃銀を貰う日であり、またかれらの家族たちが賃銀を貰って来るあるじを待っている日でもあった。
「ちゃん」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
「はいっておくれよ、おまえさん」とお直の声をころして云うのが聞える、「ご近所に迷惑だからさ、ごしょうだからはいっておくれ」 「はいれない、よ」重吉がのんびりと答える、「みんな飲んで、遣っちまったんだから、銭なんか、ちっとしきゃ残ってないんだから、ね、いやだよ」 良吉が代り、やがてお芳の声がする、「たん、へんな」とお芳は気取って云うのであった、「へんなって云ってゆでしょ、へんな、たん」
「ちゃん」山本周五郎(青空文庫)
原文を読む
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