もの思う葦(太宰治)のあらすじ・登場人物
断章で綴る若き日の自画像
- 文字数
- 20,486字
- 読了目安
- 約41分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
太宰治の断章集。1935年(昭和10年)8月から、同人誌「日本浪曼派」ほかに折にふれて書き継いだ短文を集めたもの。はしがきのあと、虚栄の市、敗北の歌、書簡集、「晩年」に就いてなど、小題を付した断片が並ぶ。二十代の作者が、自意識と矜持、文学への覚悟を、機知とアフォリズムのような言葉で書きつけている。
あらすじ
はしがきで、作者は、生活のために毎月五、六枚ずつ「もの思う葦」と題して書くと断る。続く「虚栄の市」では、デカルトの感情論や、ファン・ダイクの自画像を材に、人の虚栄を論じながら自分もその市の住人だと認める。「敗北の歌」では、良心のなさを語り、「書簡集」では、作家の書簡や日記が作品より読まれる風潮を批判する。「ダス・ゲマイネに就いて」「わが儘という事」「百花撩乱主義」などでは、日本浪曼派の仲間との姿勢や、同世代の苦しみにふれる。「Alles Oder Nichts」では、芥川賞の候補から落とされた屈辱と、書き続ける確信を述べ、末尾の「「晩年」に就いて」「宿題」では、初の創作集『晩年』の出版への思いを記す。
冒頭部(原文より)
もの思う葦という題名にて、日本浪曼派の機関雑誌におよそ一箇年ほどつづけて書かせてもらおうと思いたったのには、次のような理由がある。 「生きて居ようと思ったから。」私は生業につとめなければいけないではないか。簡単な理由なんだ。
「もの思う葦」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
今年正月号には、私の血一滴まじって居るとさえ思わせたる編輯者の手紙のため。あるいは、書きますと去年の正月にお約束して、以後、一年間、自らすすんでいよいよ強くお約束してしまい、ついには、もの狂いの状態にさえなったがため。私をつねにやわらかくなぐさめ顔の、而も文意あくまで潔白なる編輯部の手紙のため、その他、とにかく、いちどは書かなければならぬ事情ありて、断片の語、二十枚あまり書いた。稿料はすべて、私のほうから断って書いた。「人おのおの。おのれひとりの業務にのみ、努めること第一であるが、たまには隣人の、かなしくも不抜の自尊心を、そ知らぬふりして、あたためてやりたまえ。」
「もの思う葦」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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