茗荷畠(真山青果)のあらすじ・登場人物
むごい冷かな目の愛だけが残る
- 心理
- 文字数
- 15,430字
- 読了目安
- 約31分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1907年(明治40年)、「中央公論」に発表された真山青果の初期短編。若くして世に知られた小説家・湯村衛は、恩師K氏から絶交状を送りつけられ、失恋の噂を新聞に書き立てられ、筆も執れないまま荒れている。商売に失敗して転がり込んだ妹夫婦に八つ当たりし、酒に逃げ、「今の世に最う信仰は無い」と若い学生相手に毒づく。早稲田の茗荷畠を車で突っ切りながら、なあに負けるものかと心で叫ぶ——自然主義文学の作家として出発した青果が、文学者の虚勢と孤独を自らに引き寄せて描いた一編である。
あらすじ
小説家の湯村衛は三十になるが独り者で、商売に失敗した妹夫婦を家に置いている。この日は朝から癇が立ち、塩鰺の塩加減から襦袢の洗濯まで、いちいち妹を叱りつけた。前の晩には、亡き弟の親友・田住が学生の小村を連れて訪ねて来て、酒の席で「全体ラブつてどんなものでせう」と問いかけてきた。恋は苦しく触れるべき事実で、興味をもって論ずる問題ではない——湯村はそう言い放ち、自分の失恋が新聞に書き立てられたことまで笑い話にしてみせる。今の世に信仰はない、あるのは理解だけだ、夫婦も親友も恋人も、互いの心を理解し合おうとするほかに愛情はない、と。恩師のK氏からは絶交状が届いていた。根も葉もない蔭口を新聞に出したのは湯村の悪戯だと誤解されたのだ。いつものことで放っておけば収まると考えながらも、何かある、何かあると彼は考え続ける。友人の辰馬を訪ねても心は晴れず、茗荷畠を突っ切って家へ帰る車の上で、なあに負けるものか、書いて見せると心が叫ぶ。その夜、妹夫婦が睦まじく言い争う声を襖ごしに聞きながら、湯村は聖書を襖へ投げつけた。
登場人物
- 湯村衛 三十歳の小説家。恩師との絶交と失恋を抱え、妹夫婦に当たり散らしている
- 妹 早くから里子に出され、四年前に戻ってきた。夫とともに兄の家に身を寄せている
- 油井(陸さん) 妹の夫。商売に失敗し、仕事口を探しながら肩身を狭くしている
- 田住 湯村の亡き弟の親友。福岡へ向かう途中に立ち寄る
- 小村 田住が連れてきた学生。湯村に恋とは何かと問いかける
冒頭部(原文より)
一 その前の晩、田住生が訪ねて来た。一昨年の暮に亡なつた湯村の弟、六郎の親友である。今度福岡大学へ行く途中とあつて立寄つた。此間の洪水で鉄道が不通ゆゑ神戸までは汽船にすると云ふ。白絣のあらい浴衣に、黒の帯、新しい滝縞の袴をシヤンと穿いて居た。お国風に衛さん衛さんと七つも違ふ湯村の名を呼んで居た。
「茗荷畠」真山青果(青空文庫)
末尾部(原文より)
「手を貸せ、手を。」と恐るる妹の手を固く握つて、振つて、「あゝ一生然うして送つてくれ。」と離した。
「茗荷畠」真山青果(青空文庫)
原文を読む
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