中味と形式(夏目漱石)のあらすじ・登場人物
生活の変化に合わない型を疑う
- 文字数
- 15,539字
- 読了目安
- 約31分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
1911年8月、堺で行われた朝日新聞社の講演会での漱石の講演。子供が善人か悪人かと質問する話から、学者や門外漢が複雑な中味を単純な形式にまとめたがる傾向を取り上げ、形式は内容のための形式であり、内容が変われば形式も変わらなければならないと論じる。明治という時代に適した型を探すべきだと述べる。
あらすじ
冒頭は堺での講演のあいさつで、先に話した高原君と比べ自分の話は面白くないと謙遜する。本題では、活動写真を見る子供から、どっちが善人かと聞かれて困る話を出発点に、複雑な物事を善悪や優劣の単純な形式にまとめたがるのは門外漢の通弊だと言う。学者もまた、離れて観察するため、中味のない形式で満足しがちだと指摘し、例としてオイケンの自由と秩序の議論を挙げる。実生活を営む人は両面を持つのが自然で、それは矛盾ではなく調和だと言う。形式は内容のためのもので、時代が変われば型も変えなければならない。しかも日本の社会は急速に変化しており、昔の型を押し通せば学校騒動や革命が起こる。家庭でも政治でも教育でも、相手の心理状態にぴったり合う、無理の少ない型を探さなければならない、というのが結論である。
冒頭部(原文より)
私はこの地方にいるものではありません、東京の方に平生住っております。今度大阪の社の方で講演会を諸所で開きますについて、助勢をしろという命令――だか通知だか依頼だかとにかく催しに参加しなければならないような相談を受けました。
「中味と形式」夏目漱石(青空文庫)
末尾部(原文より)
下らぬことをだいぶ長く述べ立てまして御気の毒です。だいぶ御疲れでしょう。最後まで静粛に御聴き下すったのは講演者として深く謝するところであります。
「中味と形式」夏目漱石(青空文庫)
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