二月堂の夕(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
二月堂に踊る老いた女たち
- 文字数
- 2,903字
- 読了目安
- 約6分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
谷崎潤一郎が1925年(大正14年)5月、雑誌「新小説」の臨時増刊『天才泉鏡花』号に寄せた小品。奈良の二月堂のお水取りの日の夕方、境内で御詠歌を唄い、舞扇を手に踊る老婆たちの姿を、語り手の「私」が見つめる。派手な友禅の長襦袢姿の婆さんと、地味な布子に白足袋の可愛らしい婆さんたちとの対照が丹念に描かれ、最後に若い頃に読んだ短歌が思い出される。物語らしい筋はなく、旅先の見聞を綴った随筆風の一編。
あらすじ
三月半ばの夕方、お水取りの日の奈良・二月堂で、語り手は堂の下に人垣ができているのを見る。五十四五歳ほどの婆さんが、色のさめたメリンス友禅の長襦袢一枚で舞扇を持って踊り、別の婆さんたちが鈴を鳴らして御詠歌に似た唄を唄っている。婆さんは見物に「お志」を求め、唄い手に小言を言いながら、酒焼けした赤い顔で太々しく踊る。語り手は、花にも仏にも浮かれて年を忘れる上方の人の気楽さを思う。石段を上ると、良弁杉の下の若狭井の前では、揃いの扇を持った五六人の婆さんが、地味な布子に白足袋の姿で、お志も求めず淋しく踊っている。小柄で背中の丸い、亡き母や伯母を思わせる品のいい婆さんたちである。堂の舞台の手すりから、夕闇の中の踊りを長く見下ろすうち、舞扇の金の色だけが光り、語り手は、服部躬治の歌集で読んだ「亡き父に似たる翁と語りけり長谷の御堂の春の夜の月」の歌を思い出す。
冒頭部(原文より)
奈良の二月堂のお堂の下で、大勢の見物人が垣を作つて一人の婆さんの踊りを踊るのを眺めてゐる。婆さんは五十四五ぐらゐで、メリンス友禪の色のさめた長襦袢一つに、紺のコール天の足袋はだしになり、手には花やかな舞扇を持つて舞つてゐる。婆さんのうしろには、かう云ふ古い上方のお寺でなければ見られない、優雅な物さびた土塀がある。その塀の壁に阿彌陀樣だか如來樣だか、何か知れない小さな御佛の繪像を懸け、チーン、チーンと、巡禮のやうに鈴を鳴らしつつ唄ふのにつれて、婆さんはしきりに踊るのである。「ちゝはゝの惠みも深き粉河寺、………」文句は違ふが、唄の節廻しはあの御詠歌によく似てゐる。此の唄を、今も云ふやうに鈴を振りながら唄つてゐるのは、又別な二人の婆さんと、三十恰好の年増である。
「二月堂の夕」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
間もなく私は、お堂の石段を上つて行つて、舞臺の手すりに靠れながら、下で踊つてゐるその可愛らしいお婆さんたちを長い間瞰おろしてゐた。だん/\夕闇の迫つて來る中に、お婆さんたちの子供のやうな小さな姿は次第にうすくぼやけて行つて、しまひにはたゞ舞扇の金の色だけがきらきらと光つた。私はふいと、中學生の時分に、「迦具土」と云ふ服部躬治の歌集の中で讀んだことのある一首の歌を想ひ起して、それを口のうちで繰り返した。――― 亡き父に似たる翁と語りけり 長谷の御堂の春の夜の月
「二月堂の夕」谷崎潤一郎(青空文庫)
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