日本の山と文学(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
山は恐れと崇めの対象
- 文字数
- 4,796字
- 読了目安
- 約10分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
1939年(昭和14年)8月、「信濃毎日新聞」に4回にわたって連載された坂口安吾の随筆。登山や山の詩情は西洋から入った感覚だとして、昔の日本人にとって山とは何だったかを、馬琴の記す佐渡の狸、河童、山の妖怪、「竹取物語」の結末の富士など、文学や伝承を引いて語ってゆく。(一)山の観念の変移、(二)出狐狸の役割、(三)木、山の精の欠乏、(四)竹取物語の富士の四つの章に分かれ、安吾の博識と、怪異を愛する視線が見える。
あらすじ
(一)昔の日本人は里から里へ峠を越えたが、今日のように高い山へ登る者はなく、西行や芭蕉も高峰には登らなかった。山と詩情を結びつける感傷は祖先にはなく、山は見る山であり、現実の生活では恐怖から崇敬の対象になった。(二)馬琴の「燕石雑誌」にある佐渡の狸、弾三郎は金や膳椀を貸し、医者に莫大な礼を持って来る。狸の話には狐と違った温かみがあり、里人の下僕のような位置にある。(三)河童も滑稽味のある怪物だが、狸と河童は文学の対象にならなかった。鏡花の「高野聖」のように山の妖怪は現代文学にも現れるが、日本の山には西欧のような可憐な木や草の精が少なく、木の精も老翁や老嫗が多い。(四)「竹取物語」は帝が不死の薬と文を富士の頂で焼く場面で終わる。当時の富士は煙を吐いていたのだろう。最後は鈴木牧之の「北越雪譜」を引き、昔の登山は祓を受けて行う信仰の行いで、山の感傷は西洋の感情が入ってから生まれたと述べる。
冒頭部(原文より)
(一) 山の観念の変移 我々の祖先達は里から里へ通ふために、谷を渉り、峠を越えはしたものの、今日我々が行ふやうな登山を試みる者はなかつた。 支那の画家、文人等には山から山を遍歴し石涛のやうに山中の仙といふやうな生活ぶりの人達が相当居たといふことであるが、我々の祖先達にも山中歴日無しといふやうな支那の詩句が愛好され、山中に庵を結ぶといふやうな境地を愛した人は多いが、今日高山の登山になれた我々から見ると、いづれも山の麓程度に過ぎないのである。
「日本の山と文学」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
山へ遊行するにも此の如き有様であるから、登山になれた我々の感情によつて、祖先達の山の感情を忖度することはできない。 今日山の「感傷」は西洋の文化と感情が移入されるまで、祖先達になかつた。信州の高原地帯には昔から鈴蘭があつたのだが、こんな雑草が東京へ送ると金になるのだからと云つて、山里の人々は驚いてゐるのであつた。
「日本の山と文学」坂口安吾(青空文庫)
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