日本人に就て――中島健蔵氏へ質問――(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
日本人にうんざりしつつ
- 文字数
- 3,750字
- 読了目安
- 約8分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
1935年(昭和10年)7月、雑誌「作品」に載った坂口安吾の随筆。同誌の「中島健蔵氏へ質問」という企画に応じ、フランス文学者・評論家の中島健蔵へ宛てた公開書簡の形で書かれている。質問を考えるうちに自問自答に落ちてしまう、と苦笑する書き出しから、日本人であることへのうんざりと愛着、内にこもる自意識と「行動過少」、横光利一の作品に見る日本的な生々しさへと、話は気ままに転がってゆく。安吾が20代の終わりに記した文学観の覚え書きとして読める小篇。
あらすじ
質問を頼まれた安吾は、疑問を質問の形にしようとすると、いつのまにか自分で答えを出してしまう自分に気づき、これは自問自答の癖のせいだと笑う。そこで質問をあきらめ、日本人についての感想を書くことにする。日本人は宗教心の代わりに手軽な諦めと筋道のはっきりしない愛他心を持ち、他人の思惑ばかり気にする。自意識過剰というより行動過少だ、という。横光利一の作品の一場面を例に、顔を見ただけで異性に強い感動を覚える日本人の感覚の深さにも触れる。男女の交際が偶然に頼りがちな日本では、行動にも型がなく、そこに新鮮な偶然の可能性がある。日本人の精神生活は自慰的だという自嘲も交え、最後に、欧州的な方法が行き詰まった今、枯淡やさびではない新しい「日本的なるもの」から出発したいと述べ、外国文学に通じた中島の意見を求めて結ぶ。
冒頭部(原文より)
健蔵兄、作品社から「中島健蔵氏へ質問」といふものを書けといふことで、文学には多々疑惑のみ溢れがちな日常ではあり渡りに舟と引受けたのですが、さて引受けてみて吃驚しました。なるほど疑問は次から次へとあるやうですが、さてそれを謙虚な質問といふ形に表はしてみやうとすると、これが非常にむづかしいのです。
「日本人に就て――中島健蔵氏へ質問――」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
僕が稚拙な饒舌を弄して多少とも話を日本人にふれさせたのは、文学に於ては欧洲的な方法がもはや一つの行詰りを示してゐて、我々が新らたに出発するためには全然別の発足が必要であり、然して我々が日本人であることがそのことの大きな強味になりはしないかと思はれたからです。けれども僕は従来の最も日本的な枯淡の風俗やらさびとやらいふものには全く絶望してゐます。むしろ激しい反感を持つてゐます。僕の日本といふ意味がさういふものでないことは稚拙ながら今迄の饒舌の中から推察してもらへると思ひます。さうして、僕の意味する日本的なることが然ういふ新らたな発展に結びつかうとしてゐるために、特に貴兄のやうな外国文学に堪能な士から日本人をききたいといふ僕の微意も分つていただけるでせう。妄言多謝。
「日本人に就て――中島健蔵氏へ質問――」坂口安吾(青空文庫)
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