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落穂拾い(小山清)のあらすじ・登場人物

贈物をするような心で書けたら

  • 心理

小山清 1952年(昭和27年)4月 「新潮」

文字数
8,592字
読了目安
約17分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

1952年(昭和27年)、「新潮」に発表された小山清の代表作。武蔵野市の片隅で自炊しながら小説を書く「僕」の、日録であり交友録でもある一編。夕張炭坑で道連れになったF君、便所の窓越しに見える隣家の青年、焼芋屋の婆さん、そして駅の近くで古本屋を始めた少女。誰とも口をきかずに一日が終わることもある暮らしのなかで、「僕」はそのささやかな交わりをひとつひとつ拾い集めてゆく。誕生日に少女から贈られた小さな包みが、表題の由来を静かに明かす。

あらすじ

「僕」は武蔵野市の片隅に住み、本を読んだり散歩をしたりするうちに日が暮れるような、所在ない一日を送っている。外出から帰るたび、なにかいい便りが届いていはしまいかと郵便箱をあけてみるが、箱の中はいつも空しい。先日、終戦後に夕張炭坑へ向かう汽車で道連れになったF君から移転の知らせが届いた。「稼いだらまた東京に帰ってきましょうね」と言ってくれたF君は、結局あの山の中の町に残って所帯を持ったらしい。「私たちも元気です」とだけ書かれたハガキに、「僕」は追憶の山の上へ灯をひとつ加える。家の便所の窓からは、隣家の座敷で机に向かう二十二三の青年が見える。擦れていないその顔を、「僕」は鴎外の「青年」を思い出しながら眺める。自炊のために米を磨ぎ菜を刻む時間は、涙が乾いてゆく子供の時間のようだ。人恋しくなると焼芋屋へ行き、正直という徳で縁飾りをされたような婆さんと向かい合って、黙って芋を食べ茶を飲んで帰る。もう一軒、行くところができた。高校を出たばかりで古本屋「緑陰書房」を始めた少女の店である。彼女は「僕」を「おじさん」と呼び、均一本を買う客としてではなく「一読者から敬愛する作家に対して」と言って、十月四日の誕生日に小さな贈物をくれた。

登場人物

冒頭部(原文より)

 仄聞するところによると、ある老詩人が長い歳月をかけて執筆している日記は嘘の日記だそうである。僕はその話を聞いて、その人の孤独にふれる思いがした。きっと寂しい人に違いない。それでなくて、そんな長いあいだに渡って嘘の日記を書きつづけられるわけがない。僕の書くものなどは、もとよりとるに足りないものではあるが、それでもそれが僕にとって嘘の日記に相当すると云えないこともないであろう。

「落穂拾い」小山清(青空文庫)

末尾部(原文より)

 彼女は笑いながら僕に新聞紙大の紙をひろげて寄こした。見るとその月の少女雑誌の附録で、彼女の指示した箇所には十月生れの画家、詩人、科学者などの名が列記してあって、そのはじめには、「十月四日生。ミレー(一八一四年)、『晩鐘』や『落穂拾い』また『お母さんの心づかい』を描いたフランスの農民画家。」としてあった。  以上が僕の最近の日録であり、また交友録でもある。実録かどうか、それは云うまでもない。

「落穂拾い」小山清(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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