花と龍(火野葦平)のあらすじ・登場人物
腕の龍は、菊の花をつかむ
- 心理
- 社会
- 文字数
- 410,164字
- 読了目安
- 約13時間40分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 福岡県
この作品について
作者の両親である玉井金五郎とマンをモデルに、若松港の石炭仲仕(ごんぞう)の世界を描いた自伝的長篇。1952年(昭和27年)から翌年まで「読売新聞」に連載された。腕一本で沖仲仕の組を起こしてゆく金五郎と、夫に負けぬ気丈さで家と組を支えるマン。題名は、金五郎の腕に彫られた、菊の花をつかむ昇り龍の彫青に由来する。喧嘩と義理と人情が渦巻く明治末から昭和初めの港町を、作者自身の生い立ちを重ねながら描き、幾度も映画化・ドラマ化された代表作である。
あらすじ
山あいの村で暮らすマンは、門司で沖仕をしている兄を頼って家を出る。日の当たらぬ谷を捨てて港へ向かった娘は、そこで玉井金五郎という男に出会った。石炭の積み出しで沸きかえる若松港には、ごんぞうと呼ばれる石炭仲仕たちが集まり、親分の縄張りと喧嘩と義理が渦を巻いている。腕っぷしと度胸で頭角を現した金五郎は、温泉宿で出会った彫青師のお京に左腕へ昇り龍を彫らせ、その龍の肢には宝珠ではなく菊の花をつかませた。マンと所帯を持ち、玉井組の看板を掲げてからは、荷役の取り合い、同業の友田喜造との確執、大きな出入りと手打ち、争議と警察、火災と借金——次から次に難儀が襲いかかる。マンは気丈に店を切り盛りし、時には夫より先に腹をくくって場を収めた。やがて子の勝則たちが育ち、二人は支那大陸やブラジルへ雄飛する夢を胸に抱きながら、結局は若松という小世界に根を下ろす。金五郎五十八歳、マン五十四歳。二・二六事件の報が届き、やがて日華事変が始まって、時代はまったく新しい歴史をひらいてゆく。
登場人物
- 玉井金五郎 腕一本で玉井組を起こした石炭仲仕。作者の父
- マン 金五郎の妻。気丈に家と組を支える。作者の母
- お京 金五郎の腕に昇り龍を彫る彫青師
- 友田喜造 若松港で金五郎と張り合う同業者
- 森新之助 金五郎と夢を語り合った友
- 玉井勝則 金五郎とマンの子。のちの作者自身
冒頭部(原文より)
序章 女の出発 「たいそう暗いが、キヌさん、もう何時ごろかのう?」 「まあだ、三時にはなりゃあすまいね」 「やれやれ、この谷は一日がよその半分しかないよ。仕事も半分しか、でけやせん」 「その代り、夜がよその倍あるわ」 「倍あったって、電燈はつきゃせんし、油は高いし、寝るしか用がない。この村の者がどんどん都に出て行くわけがわかるよ。遠いところに行く者は、ハワイやブラジルまでも行っとる。成功しとる者もたくさんある。その成功した者は、もう二度とこんな草深い田舎には、かえって来やせん。かえらんのがほんとよな」 「マンさん、あんたもどうやら、出心がついたようにあるねえ。兄さんの林助さんは、関門の方に行ってなさるということだが、元気にして居りんさるかね」
「花と龍」火野葦平(青空文庫)
末尾部(原文より)
として、敬遠していた若松の小世界に、埋もれてしまったけれども、今は、もはや、それにも悔いはなかった。 同じ夢を抱いた森新之助も、「飛鳥」と「日若座」との経営者として、おさまっている。 祝宴から一週間後、二月二十六日、東京において、軍隊の叛乱事件が起った。多くの政府要人が襲撃された。大雪であった。首都には戒厳令が布かれたが、恐しいなにごとかの兆が、この事件によって、国民を不安にした。 昭和十二年七月七日、日華事変勃発。 このときから、時代はまったく新しい歴史をくりひろげるのである。そのなかに、どんな夢が生まれるか、また、崩れるか、そんなことは、無論、わからない。 玉井金五郎、五十八歳。 玉井マン、五十四歳。
「花と龍」火野葦平(青空文庫)
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