大川の水(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
東京のにおいは、大川の水
- 文字数
- 4,076字
- 読了目安
- 約8分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 東京都
この作品について
東京帝国大学在学中の芥川が「心の花」に寄せた小品で、活字になった最初期の文章の一つ。両国の百本杭のあたりに育った作者が、隅田川——大川の水に寄せる愛着をつづる。水の色、渡し船の櫓の音、河岸の家々の灯、水の匂い。「東京」のにおいを問われたら大川の水の匂いと答える、と結ぶ一文には、のちの作品に通じる感受性がすでに現れている。末尾に添えられた渡しの消滅についての一行も忘れがたい。
あらすじ
自分は大川端に近い町に生まれた。家を出て黒塀の多い横網の小路を抜ければ、すぐに百本杭の河岸へ出る。幼いころから中学を卒えるまで、ほとんど毎日のようにあの川を見てきた。水と船と橋と砂洲、そして水の上に生まれて水の上に暮らす人々の生活を見た。真夏の午後、焼けた砂を踏んで水泳を習いに行く途中で嗅いだ河の匂いも、年とともに親しく思い出される。なぜこれほどあの川を愛するのか、泥濁りのしたなま暖かい水になぜ限りないゆかしさを感じるのか、自分でも説明に苦しむ。ただ昔から、あの水を見るたびに涙を落としたいような慰安と寂寥を覚え、自分の住む世界から遠ざかって思慕と追憶の国に入るような心もちがした。両国、吾妻橋、永代橋——川筋を上下しながら眺める水の色と音。渡し船の舷に肘をついて薄暮の水面を見渡し、暗い家々の空にのぼる大きな赤い月に思わず涙を流した日のことは、終生忘れられないだろう。すべての市はそれぞれのにおいを持つという。「東京」のにおいを問われれば、自分は躊躇なく大川の水のにおいと答える。
冒頭部(原文より)
自分は、大川端に近い町に生まれた。家を出て椎の若葉におおわれた、黒塀の多い横網の小路をぬけると、すぐあの幅の広い川筋の見渡される、百本杭の河岸へ出るのである。幼い時から、中学を卒業するまで、自分はほとんど毎日のように、あの川を見た。水と船と橋と砂洲と、水の上に生まれて水の上に暮しているあわただしい人々の生活とを見た。真夏の日の午すぎ、やけた砂を踏みながら、水泳を習いに行く通りすがりに、嗅ぐともなく嗅いだ河の水のにおいも、今では年とともに、親しく思い出されるような気がする。 自分はどうして、こうもあの川を愛するのか。あのどちらかと言えば、泥濁りのした大川のなま暖かい水に、限りないゆかしさを感じるのか。
「大川の水」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
「すべての市は、その市に固有なにおいを持っている。フロレンスのにおいは、イリスの白い花とほこりと靄と古の絵画のニスとのにおいである」(メレジュコウフスキイ)もし自分に「東京」のにおいを問う人があるならば、自分は大川の水のにおいと答えるのになんの躊躇もしないであろう。ひとりにおいのみではない。大川の水の色、大川の水のひびきは、我が愛する「東京」の色であり、声でなければならない。自分は大川あるがゆえに、「東京」を愛し、「東京」あるがゆえに、生活を愛するのである。 (一九一二・一) その後「一の橋の渡し」の絶えたことをきいた。「御蔵橋の渡し」の廃れるのも間があるまい。
「大川の水」芥川龍之介(青空文庫)
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