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思い出す事など(夏目漱石)のあらすじ・登場人物

「修善寺の大患」生死の淵の回想

夏目漱石 1910年(明治43年)10月 「東京朝日新聞」

文字数
56,829字
読了目安
約1時間54分
表記
新字新仮名
種別
随筆
舞台
  • 静岡県

この作品について

夏目漱石の代表的な随筆。1910年(明治43年)、伊豆・修善寺で胃潰瘍のため大量吐血し、生死の境をさまよった「修善寺の大患」——その闘病と回復の日々を、静かな思索とともに綴る。生と死を見つめた、漱石文学の重要な一作である。

あらすじ

1910年(明治43年)夏、夏目漱石は伊豆・修善寺の温泉宿で、胃潰瘍のため大量の血を吐き、三十分にわたって意識を失う——後に「修善寺の大患」と呼ばれる、生死の境をさまよった重態だった。本作は、その闘病と、東京の病院での長い回復の日々を綴った随筆である。死の淵から生還した漱石は、看護してくれた人々への感謝、病床で味わった自然の美しさ、そして生と死をめぐる静かな思索を、こまやかに書きとめていく。折々に自作の漢詩や俳句を配し、西洋の文人たちの逸話を引きながら、漱石は「死」を身近に感じた者だけが到達しうる、澄んだ境地を語る。除夜の夢、病室前の梅、そして同じ屋根の下で亡くなっていった患者たち——退院後にふり返れば、すべては「アイロニー」の一語のもとにある。生と死を静かに見つめた、漱石の随筆の白眉である。

冒頭部(原文より)

一  ようやくの事でまた病院まで帰って来た。思い出すとここで暑い朝夕を送ったのももう三カ月の昔になる。(……)今はすべてが過去に化してしまった。再び眼の前に現れぬと云う不慥な点において、夢と同じくはかない過去である。  病院を出る時の余は医師の勧めに従って転地する覚悟はあった。けれども、転地先で再度の病に罹って、寝たまま東京へ戻って来ようとは思わなかった。

「思い出す事など」夏目漱石(青空文庫)

末尾部(原文より)

 二月の末になって、病室前の梅がちらほら咲き出す頃、余は医師の許を得て、再び広い世界の人となった。ふり返って見ると、入院中に、余と運命の一角を同じくしながら、ついに広い世界を見る機会が来ないで亡くなった人は少なくない。(……)余はこれらの人と、一つ屋根の下に寝て、一つ賄の給仕を受けて、同じく一つ春を迎えたのである。

「思い出す事など」夏目漱石(青空文庫)

名文

有る程の菊抛げ入れよ棺の中

修善寺での大患の後、病床で大塚楠緒子の訃報に接して詠んだ手向けの句。棺にありったけの菊を投げ入れよという激しい言葉に、悼む心の強さがこもる。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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