温情の裕かな夏目さん(内田魯庵)のあらすじ・登場人物
打ち解けて語った漱石の温情
- 文字数
- 2,980字
- 読了目安
- 約6分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
偏屈で門前払いをする人と噂された夏目漱石。だが内田魯庵にとっては、初対面から百年の知己のように打ち解け、駄洒落を決して言わず上品なユーモアを漂わせた温情ゆたかな人だった。障子を張りながら迎えた初対面から、万年筆やインキの好み、支那趣味まで、十年余の交際で見た漱石の素顔を綴る追想。
あらすじ
内田魯庵が、十年余にわたる交際をもとに夏目漱石の温情ゆたかな素顔を描いた追想。世間では気難しく門前払いをする人と噂されるが、魯庵にとっての漱石はそうではなかった。『猫』が出て間もない頃、千駄木の家の前を通りかかって立ち寄ると、障子を張り替えていた漱石が「張ってしまうまで話しながら待っていて下さい」と迎え、初対面ながら百年の知己のように打ち解けて長座した一件を語る。用談だけで帰ったことがなく、二、三時間も話し込むのが常だったこと、談話中に一度も駄洒落を言わず一時間に二、三回上品なユーモアを混ぜたこと、面倒な頼みごとも快諾したことなどを挙げ、決して嫌な思いをさせられなかったと記す。西洋趣味と想像されがちだが実は支那趣味の人だったこと、ブルーブラックのインキを嫌いセピアを愛したこと、修善寺以後の外出の少なさや痔の手術の逸話も伝える。近年の長編は読んでいないが初期の短編「文鳥」などを好むとし、感覚の鋭敏な、駄洒落を言わぬ、談話趣味の高級な、上品なウイットの人であったと結ぶ。
登場人物
- 夏目漱石(なつめそうせき) 本名・夏目金之助。世間では気難しいと噂されたが、著者には温情ゆたかで打ち解けた人であった。
- 内田魯庵(うちだろあん) 著者。『猫』が出て間もない頃から十年余、漱石と交際した。
- 大谷繞石(おおたにじょうせき) 漱石の最も好い後継者ではないかと著者が挙げる人物。
冒頭部(原文より)
夏目さんとは最近は会う機会がなかった。その作も殆んど読まない。人の評判によると夏目さんの作は一年ましに上手になって行くというが、私は何故だかそうは思わない、といって私は近年は全然読まないのだから批評する資格は勿論ないのである。 新聞記事などに拠って見ると、夏目さんは自分の気に食わぬ人には玄関払いをしたりまた会っても用件がすめば「もう用がすんだから帰り給え」ぐらいにいうような人らしく出ているが、私は決してそうは思わない。私が夏目さんに会ったのは、『猫』が出てから間もない頃であった。
「温情の裕かな夏目さん」内田魯庵(青空文庫)
末尾部(原文より)
要するに夏目さんは、感覚の鋭敏な人、駄洒落を決して言わぬ人、談話趣味の高級な人、そして上品なウイットの人なのである。我が文壇にはこの方面で独自の人であった。夏目さんには大勢の門下生もあることだが、しかし皆夏目さんの後を継ぐことはできない傾向の人ばかりのように思う。ただ一人此処に挙ぐれば、現在は中央文壇から遠ざかっているけれども、大谷繞石君がいるだけである。この人は夏目さんの最も好い後継者ではあるまいか。 そしても一つ付加えれば、夏目さんは、殆んどといっても好い位い西洋の新らしい作を読んでいないと思う。
「温情の裕かな夏目さん」内田魯庵(青空文庫)
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