大阪の宿(水上滝太郎)のあらすじ・登場人物
安うて居心のえゝ宿屋やつたら
- 心理
- 文字数
- 123,048字
- 読了目安
- 約4時間6分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 大阪府
この作品について
1925年(大正14年)から翌年にかけて「女性」に連載された水上滝太郎の代表作。東京から大阪へ転勤してきた会社員・三田が、土佐堀の川岸にある安宿「醉月」に落ちつき、そこに出入りする人々と交わる日々を描く。強欲な下宿の主人に憤慨して飛び出し、関東煮の店で拾った噂を頼りに見つけた宿には、男のような口をきく女将、酔いどれのおっさん、蟒と呼ばれる男、女中のおりかがいた。実業と文学の双方を生きた作者ならではの、冷静で道義的な眼で、大阪という都市の猥雑さと活力を捉えた長編である。
あらすじ
大阪へ来てまだ半年の三田は、因業貪欲吝嗇の標本のような下宿の主人と婆さんに嫌気がさし、行く先も決めずに荷車を押して飛び出した。梅田の駅前の旅人宿は騒々しく、机に向かう落ちつきもない。会社の行き帰りに探し歩いても、気に入った家は高く、安い家は気に入らない。天神橋の関東煮の店でこっぷ酒をひっかけながら愚痴をこぼすと、横で居眠りをしていた汚らしいじいさんが「安うて居心のえゝ宿屋やつたらな、土佐堀の醉月や」と口を出した。翌日訪ねていったその宿は、男のような口をきく大柄な女将が「うちは儲けようと思ふて御商賣してるのとは違ふさかい」と笑って月極の割引に応じてくれる、気持ちのよい家だった。翌朝、洗面場で声をかけてきた平べったい顔の男は、なんと先夜の酔いどれである。こうして三田の大阪の日々が始まる。宿の人々、友人の田原、蟒と呼ばれる男、女中のおりか——猥雑で無反省で、それゆえに活気に満ちた街の呼吸に身を浸しながら、やがて三田にも東京へ戻る日が来る。
登場人物
- 三田 東京から大阪へ転勤してきた会社員。土佐堀の宿「醉月」に落ちつく
- 醉月のかみさん 男のような口をきく大柄な女将。損得よりも気風で商売をしている
- おっさん 醉月を手伝う酔いどれのじいさん。三田にこの宿を教えた張本人
- 蟒 三田の知り合いの男。酒の席では底なしに飲む
- 田原 御影に住む三田の友人。別れの日に麦酒を抱えて駆けつける
- おりか 醉月の女中
冒頭部(原文より)
一の一 夥しい煤煙の爲めに、年中どんよりした感じのする大阪の空も、初夏の頃は藍の色を濃くして、浮雲も白く光り始めた。 泥臭い水ではあるが、その空の色をありありと映す川は、水嵩も増して、躍るやうなさざ波を立てゝ流れて居る。 川岸の御旅館醉月の二階の縁側の籐椅子に腰かけて、三田は上り下りの舟を、見迎へ見送つて居た。
「大阪の宿」水上滝太郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
送る者と送られる者と、あたりの人の好奇心に輝く視線を殘らず身に浴びながら、一齊に乾盃した。 「三田公萬歳。」 田原は音頭を取つて聲を張上げたが、これは流石に誰も應じなかつた。 「萬歳。」 田原は構はずに三度叫んだが、その時汽車は既に人々を後に殘して滑り出した。 うす汚なく曇つた空の下に、無秩序に無反省に無道徳に活動し發展しつゝある大阪よ、さらばさらばといふ樣に、烟突から煤烟を吐き出しながら、東へ東へと急走した。
「大阪の宿」水上滝太郎(青空文庫)
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