檸檬(梶井基次郎)のあらすじ・登場人物
京都の街で手にする檸檬
- 心理
- 文字数
- 4,958字
- 読了目安
- 約10分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
1925年(大正14年)1月、同人誌『青空』の創刊号に発表された梶井基次郎の短編小説。得体の知れない不吉なものに心を圧され、以前好きだった音楽や詩にも耐えられなくなった「私」が、京都の街を歩いている。立派な表通りよりも、崩れかけた土塀や裏路地、果物屋の鮮やかな店先に心を引かれる。そうした散歩のなかで、一個の檸檬を買い求める。物語の特色は、心の状態を説明するだけでなく、色、匂い、手に伝わる冷たさや重さを、ひとつずつ確かめるように書くところにある。日常の品物の見え方が、その時々の気分とともに変わり、現実の街の景色に想像が重なっていく。1931年に刊行された、作者の生前唯一の作品集も『檸檬』と名づけられた。短い散歩を通して、外の世界を感じ取ることと内面の動きとを結びつけた、梶井の創作の出発点を示す作品である。
あらすじ
得体の知れない不吉な塊に心を圧し付けられ、以前好んだ音楽も詩も受け付けなくなった「私」は、見すぼらしくも美しいものに惹かれるまま京都の裏通りをさまよい歩く。ある日、果物屋の店先で一顆の檸檬を買い求めた「私」は、その冷たさと色と匂いにしばし心の安らぎを覚える。かつて足繁く通いながら今では気詰まりに感じる丸善に入った「私」は、画集を積み上げて奇怪な城を築き、その頂きにそっと檸檬を据え置くと、そのまま店を後にする。檸檬を爆弾に見立て、十分後には丸善が大爆発を起こすという奇妙な空想を追いながら、「私」は京極の街を下っていくのだった。
登場人物
- 私 得体の知れない不安に苛まれ、京都の街をさまよい歩く語り手。結核と借金を抱えている
冒頭部(原文より)
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。
「檸檬」梶井基次郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑ませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。 私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉みじんだろう」 そして私は活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩っている京極を下って行った。
「檸檬」梶井基次郎(青空文庫)
名文
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。
得体の知れない憂鬱を「不吉な塊」と名づけた鮮烈な一句。鬱屈した青年の心と、一顆の檸檬がもたらす一瞬の解放を描く物語の導入。
丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。
画集の上に檸檬を置いて立ち去る場面。果実を爆弾に見立てた空想が、鬱屈した心を一瞬だけ解き放つ。
いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。
八百屋で檸檬を見つけた「私」の述懐。絵具を搾り出して固めたような色と、紡錘形の形。単純な物への愛着が、塞いだ心を一瞬ほどいていく。
見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。
丸善で積み上げた画集の城の頂に檸檬を据えた瞬間。乱雑な色彩をひとつの果実が吸い込み、「カーン」と冴えかえる——擬音一語で緊張感を定着させた名高い一文。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。