ある心の風景(梶井基次郎)のあらすじ・登場人物
夜更けの窓辺から見る京都
- 心理
- 文字数
- 6,851字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
1926(大正15)年8月、同人誌「青空」に発表された梶井基次郎の短編。梶井が京都で下宿していた頃の部屋が舞台のもとになったとされる。主人公の喬は、昼は眠り、夜更けに窓辺から寝静まった通りを見つめて過ごす青年で、ある暗い悩みを抱えている。六つの章を通じて、窓の外の夾竹桃や土塀、加茂の河原の欅、深夜の四条通や新京極といった京都の風景が、喬の心の動きと重ねて描かれる。見ているものに自分の心が乗り移るという感覚が、作品の中心に置かれている。
あらすじ
京都の入り組んだ町に下宿する喬は、昼は眠り、夜更けに窓辺から寝静まった通りを見つめて過ごしている。眠れないのは、暗い考えに苦しめられているからでもあった。彼は女を買い、悪い病気を得ていた。以前見た、足の腫物を母に責め立てる夢の一部が本当になり、往来で医者の看板に目をとめる自分を見出す。喬はその不幸な夜を思い返す。遊廓の一室で女を待つあいだ火の見に上り、甍の向こうに八坂神社や東山を眺めて解放を感じたこと。博多から来たという女のおしゃべり、女が身支度をするのを見ながら確かめた空しさ。ある日の午後、加茂の河原に腰を下ろした喬は、風に揺れる欅の梢を見つめるうち、自分の心の何かがそこに乗り移るのを感じ、視ることはもう何かなのだと思う。夜更けの街を歩くときには、友人が博覧会の朝鮮館で買った小さな鈴を腰に提げる。人の中では聞こえないその音が静かな道で鳴り出すと、それは病に汚れた血を洗い清めてくれるように思え、喬は「俺はだんだん癒ってゆくぞ」と小さな希望を抱く。ある夜、喬は窓の外の暗い木に一点の蒼白い光を見つけ、次の夜も、その次の夜もそれを見た。寝床に横になると、部屋の暗がりにも一点の燐光が感じられ、喬は自分の病んでいる生き物に呼びかける。
登場人物
- 喬 京都に下宿する青年。悪い病気を抱え、夜更けに窓辺から町を見つめる
- 女 廓で喬の相手をした、博多から来たという女
- S― 喬の知人。ある醜い女の話を喬に聞かせる
冒頭部(原文より)
一 喬は彼の部屋の窓から寝静まった通りに凝視っていた。起きている窓はなく、深夜の静けさは暈となって街燈のぐるりに集まっていた。固い音が時どきするのは突き当っていく黄金虫の音でもあるらしかった。 そこは入り込んだ町で、昼間でも人通りは少なく、魚の腹綿や鼠の死骸は幾日も位置を動かなかった。両側の家々はなにか荒廃していた。自然力の風化して行くあとが見えた。紅殻が古びてい、荒壁の塀は崩れ、人びとはそのなかで古手拭のように無気力な生活をしているように思われた。喬の部屋はそんな通りの、卓子で言うなら主人役の位置に窓を開いていた。
「ある心の風景」梶井基次郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
しかしある夜、喬は暗のなかの木に、一点の蒼白い光を見出した。いずれなにかの虫には違いないと思えた。次の夜も、次の夜も、喬はその光を見た。 そして彼が窓辺を去って、寝床の上に横になるとき、彼は部屋のなかの暗にも一点の燐光を感じた。 「私の病んでいる生き物。私は暗闇のなかにやがて消えてしまう。しかしお前は睡らないでひとりおきているように思える。そとの虫のように……青い燐光を燃しながら……」
「ある心の風景」梶井基次郎(青空文庫)
原文を読む
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