嵐(島崎藤村)のあらすじ・登場人物
子の成長を見つめる父の日々
- 家族
- 心理
- 文字数
- 36,526字
- 読了目安
- 約1時間13分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1926年(大正15年)9月の『改造』に発表された島崎藤村の小説。妻を亡くした父親の「私」が、太郎、次郎、三郎、末子の四人の子との生活を語る。年の暮れ、郷里から帰ってきた長男を交え、子供たちが茶の間の柱で背丈を比べる場面から始まる。鉛筆の線には家族だけでなく、下女や親戚の子の背丈も残り、家に集まった人々の時間が刻まれている。大きくなった子らには住まいが手狭になり、一家は転居を考えている。部屋割りや学校、絵を学ぶ息子たちのことなど、身近な用事の中に、それぞれの個性と父の気がかりが表れる。子供の会話を記す現在の場面から、母を失った頃の記憶へと語りが行き来する。子育てを一人の功績としてまとめず、家の内外の人々との関わりを通して、家庭を保ってきた歳月を描いている。
あらすじ
妻を亡くした「私」は、東京の家で太郎・次郎・三郎・末子の四人の子とともに暮らしている。年の暮れ、子どもらは茶の間の柱のそばに集まって背丈を比べ、鉛筆でしるしをつけては誰が何分伸びたと大騒ぎをする。その柱に刻まれていく背比べの線に、父は子らの成長を、そして母のいない歳月の流れを静かに読み取る。それぞれに個性を持った子らは、やがて一人また一人と自分の道を歩み出そうとしている。次郎が郷里へ旅立つ夜、荷を積んだ車が坂を上っていくのを見送りながら、「私」は、育ててきた子らといつか別れていく親の宿命を、深い感慨とともにかみしめる。妻を失った「嵐」のような日々を経て、なお静かに子を見守り続ける父の姿が、抑えた筆致でしみじみと描かれている。
登場人物
- 私 妻に先立たれ、四人の子を男手ひとつで育てる父親。作者自身を思わせる語り手
- 太郎 長男。郷里に預けられ、年の暮れにだけ一家に加わる
- 次郎 次男。背が高く成長し、やがて家を離れて旅立っていく
- 三郎・末子 三男と末娘。父のもとで育つ幼い子どもたち
冒頭部(原文より)
子供らは古い時計のかかった茶の間に集まって、そこにある柱のそばへ各自の背丈を比べに行った。次郎の背の高くなったのにも驚く。家じゅうで、いちばん高い、あの子の頭はもう一寸四分ぐらいで鴨居にまで届きそうに見える。毎年の暮れに、郷里のほうから年取りに上京して、その時だけ私たちと一緒になる太郎よりも、次郎のほうが背はずっと高くなった。
「嵐」島崎藤村(青空文庫)
末尾部(原文より)
気の早い次郎は出発の時を待ちかねて、住み慣れた家の周囲を一回りして帰って来たくらいだ。 「行ってまいります。」 茶の間の古い時計が九時を打つころに、私たちはその声を聞いた。植木坂の上には次郎の荷物を積んだ車が先に動いて行った。いつのまにか次郎も家の外の路地を踏む靴の音をさせて、静かに私たちから離れて行った。
「嵐」島崎藤村(青空文庫)
原文を読む
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