卵塔場の天女(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
羽衣の能役者と妹の涙
- 心理
- 家族
- 文字数
- 47,209字
- 読了目安
- 約1時間34分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
泉鏡花の中編。本文末に昭和二年(1927年)四月とある後期の作。雪国の城下町を舞台に、故郷で『羽衣』の天人を勤める東京の能楽師と、その従姉、生き別れた妹をめぐる人間模様を描く。魚市の活気ある描写から始まり、能の芸と世間、血縁との距離がしだいに前面に出てくる。
あらすじ
霜月、能楽師の橘八郎は、友人の学校教師・槙村を連れ、十四五年ぶりに雪国の故郷の城下町へ帰る。年に一度の催能で『羽衣』の天人を勤めるためだ。到着の夜、八郎は従姉で紅屋の内儀のお悦を訪ね、翌朝は魚市で買い物をし、お悦の娘の雪代や、菊を育てる老主人らと賑やかに過ごす。そこへ、幼いころ他家へ養女に出され、北海道で苦労して戻った実の妹お久が訪ねてくる。お久は夫や子どもたちの話を涙ながらに語り、兄に取りすがるが、八郎は親類づきあいを拒み、芸で生きる者としての思いや世間への鬱憤をぶちまける。さらに、歓迎の会を催そうと幹事たちが探しに来るが、八郎は酔いを理由に断る。三日目の舞台では、お久たちの一族が見物に押しかけ、八郎が天人に扮して現れる。そこでお久が客席で立ち上がった瞬間、八郎は崩れ、お悦が舞台に駆け上がってその背を打つ。八郎は菩提寺の墓所へ逃げ込み、追ってきたお悦と酒を酌み交わしながら、天人ではなく地獄、餓鬼、畜生の道を行こうと語り合う。雪代の話では、二人の行く先は死人を焼く野三昧であるらしい。八郎はまだ帰京せず、東京の細君は病んでいる。
登場人物
- 橘八郎 東京の能楽師。故郷での催能で『羽衣』の天人を勤める
- 槙村 八郎に同行する教師。物語の語り手
- お悦 八郎の従姉。町の老舗・紅屋の内儀で、気丈で行動力がある
- 雪代 お悦の娘。陸軍中佐の夫人
- お久 八郎の実の妹。他家へ養女に出され、苦労を重ねた
冒頭部(原文より)
時雨に真青なのは蒼鬣魚の鰭である。形は小さいが、三十枚ばかりずつ幾山にも並べた、あの暗灰色の菱形の魚を、三角形に積んで、下積になったのは、軒下の石に藍を流して、上の方は、浜の砂をざらざらとそのままだから、海の底のピラミッドを影で覗く鮮さがある。この深秘らしい謎の魚を、事ともしない、魚屋は偉い。 「そら、持ってけ、持ってけ。賭博場のまじないだ。みを食えば暖か暖かだ。」
「卵塔場の天女」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
翌日、朝、汽車で立つ時、雪代さんが、ひとり衣紋を正して送った。 もう一人、中学の、くちゃくちゃの制帽と服で、鍵裂だらけで、素足に高足駄を穿いた勇壮な少年がある。酒の席などでは閑却されたが雪代夫人の弟である。 「……先生、学校でも、教師も生徒も知ってるんですよ、先生の来た事を。僕、お話をききたかったんだけれど、この姉なんぞが邪魔にしおって……」
「卵塔場の天女」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。