パンパンガール(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
街の女たちに会って
- 文字数
- 4,555字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
1947年(昭和22年)10月、「オール読物」に発表された坂口安吾の随筆。街娼たちに実際に会って話を聞いた取材をもとに、パンパンガールの暮らしや気質を書く。娼家の娼婦との違い、明るさと個人主義、家出して自由を求める娘たちの姿が、冗談交じりのやりとりを交えて語られる。敗戦直後の風俗を伝えると同時に、当時の通念と、安吾の批判的な視点が読み取れる。
あらすじ
安吾は、土地の親分の案内で、パンパンガールたちの溜まり場の喫茶店に行き、速記者を同席させて、姐さん株の一人と配下数人、足を洗って結婚した者や事務員になった者と話をした。彼女たちは総じて明るく、娼家の娼婦のような暗さや荒みが少ない。住所がなく、どこでも営業できる自由があるためだろうと安吾は見る。たいてい女学校を出た家出娘で、自由と楽しみを求めて飛び出した者が多い。親分が「稼ぐ」を「遊ぶ」と言うように、彼女たちの暮らしは遊びに近い。三十すぎの姐さんは悲劇的な弱点を抱え、若い子たちは金持ちの客に頼り、徹底した個人主義でけちでもある。吉原病院の治療費を誰も払わない話も出る。安吾は、娼家の娼婦は畸形で、パンパンは自然人だと述べ、彼女たちが知性を持つ自然人になるとき日本は真の文化国になるだろう、と結ぶ。
冒頭部(原文より)
私は先ごろパンパンガールと会談した。土地の親分が案内してくれて、彼女らのタマリ場の喫茶店で、あつまつてくる彼女らと話をして、ひそかに速記の名人が速記をとつたのであるが、その土地にはビッグファイブと云つて五人の姐さん株がをり、各々配下のパンパンガールがゐるのだが、その姐さんの一人と、配下の二三人、それからパンパンの足を洗つて結婚したもの、事務員になつたもの、それだけの方々と話をしたのである。
「パンパンガール」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
然しパンパン諸嬢は元は女学校の優等生だが、自然人への変化と同時に知性の方も原始人的退化をとげて、自然人たることに知性の裏附けを与へ、知性人たる自然人に生育してゐる「愛すべき人」は一人もゐないやうである。彼女らが知性人としての自然人となるとき、日本は真に文化国となるのであらう。パンパンは一国の文化のシムボルである。
「パンパンガール」坂口安吾(青空文庫)
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