北京日記抄(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
北京の名所と人を気ままに記す
- 文字数
- 7,830字
- 読了目安
- 約16分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
芥川龍之介の紀行。1921(大正10)年に北京に滞在した折の日記を抄録した形で、雍和宮の喇嘛寺、辜鴻銘先生の訪問、十刹海の遊園、辻聴花らとの昆曲見物、各地の名勝を、「なり」「あり」の文語調で気楽に記す。「改造」1925(大正14)年6月に発表され、のちに「支那游記」に収められた。
あらすじ
五つの章からなる。「雍和宮」は、案内役の中野江漢と喇嘛寺を訪れ、堂守に銀貨を渡して歓喜仏を見せてもらう様子を、皮肉をまじえて描く。「辜鴻銘先生」は、辮髪の老学者が英語でしゃべり、同時に漢字を書きながら談論する姿を伝える。「十刹海」は、蓮池の茶店で行き交う人々を眺めた二時間を書き、「胡蝶夢」は、辻聴花らに誘われて昆曲の芝居を観た折のこと、楽屋の老詩人樊半山を見たことなどを記す。最後の「名勝」では、文天祥祠、陶然亭、北海、天壇、紫禁城などを短く列記し、紫禁城を夢魔のみと結ぶ。
冒頭部(原文より)
一 雍和宮 今日も亦中野江漢君につれられ、午頃より雍和宮一見に出かける。喇嘛寺などに興味も何もなけれど、否、寧ろ喇嘛寺などは大嫌いなれど、北京名物の一つと言えば、紀行を書かされる必要上、義理にも一見せざる可らず。我ながら御苦労千万なり。 薄汚い人力車に乗り、やっと門前に辿りついて見れば、成程大伽藍には違いなし。尤も大伽藍などと言えば、大きいお堂が一つあるようなれど、この喇嘛寺は中々そんなものにあらず。
「北京日記抄」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
葉巻を啣えて殿上に立てば、紫禁城の黄瓦、天寧寺の塔、アメリカの無線電信柱等、皆歴々と指呼すべし。 北海。柳、燕、蓮池、それ等に面せる黄瓦丹壁の大清皇帝用小住宅。 天壇。地壇。先農壇。皆大いなる大理石の壇に雑草の萋々と茂れるのみ。天壇の外の広場に出ずるに、忽一発の銃声あり。何ぞと問えば、死刑なりと言う。 紫禁城。こは夢魔のみ。夜天よりも厖大なる夢魔のみ。
「北京日記抄」芥川龍之介(青空文庫)
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