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歴史探偵方法論(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

歴史は探偵の作業だ

坂口安吾 1951年(昭和26年)10月 「新潮」

文字数
7,901字
読了目安
約16分
表記
新字新仮名

この作品について

歴史学は探偵の推理と同じ方法に立つべきだ、という坂口安吾の持論を、歴史の「小学校一年生」を名乗りながら歯切れよく述べた文章。証拠の真偽を判定する規準は一つしかないという立場から、記紀の記述を無批判に規準とする古代史家や、魏志倭人伝を証拠として扱う学者を、法廷に出せば通用しない推理だと批判する。歴史を物的証拠で読み解こうとする安吾の史観の一端がうかがえる評論で、末尾には序論にあたると断る注記が付く。

あらすじ

歴史は探偵の作業と同じものだ、というのが筆者の主張である。探偵の証拠は法廷で何度も吟味されるのに、歴史学者は証拠の扱いがルーズで、規準がてんでんばらばらだと言う。人物評論での偏見は許されても、史実の真偽の判定に偏見を持ち込んではならない。伊東市の両親殺害事件を例に、ぬきさしならない証拠よりも「人柄」といった曖昧な印象を重んじる日本人の傾向を批判し、記紀は史実を隠すために偽装された史書だという自説に「古代人にそんな巧妙なからくりは作れまい」と反論した自称名探偵を、先に見込みを立てて証拠を探す偽物の探偵だとたしなめる。後半では魏志倭人伝を取り上げ、異国の旅行者がたまたま見聞した記録は、それが正確だと立証する物的証拠がない限り、法廷の証拠にならないと論じる。一方、古代人ほど系図などの偽装を必要としたはずだとして、記紀に偽装を見る自説には物的証拠があると述べる。

冒頭部(原文より)

 私は歴史については小学校一年生でちかごろ志を立てて読みだしたばかりだから多くのことは知らない。  けれども、一年生ながらもお歴々の大先生方の手前をはばからず言わなければならない一ツのことがあると思うようになった。それは歴史というものはタンテイの作業と同じものだということである。

「歴史探偵方法論」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

 自称名タンテイの説はむしろアベコベで、一向に人性に即さぬものだ。文化が低い古代人だから、特にそういうカラクリが必要かくべからざる大事で、その手法にも熟達していた、そう考える方がむしろ人性に自然ではありませんか。もっとも、どっちが正しいにしても、物的証拠の前ではどちらも意味をなさないことは同じです。

「歴史探偵方法論」坂口安吾(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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