露伴の出世咄(内田魯庵)のあらすじ・登場人物
露団々に驚いた学海の一夜
- 文字数
- 1,782字
- 読了目安
- 約4分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
無名の青年・幸田露伴が、依田学海を徹夜で読みふけらせ、山田美妙を破顔させて世に出た――『露団々』と『風流仏』で一躍文壇の王座を争うに至った露伴の出世のいきさつを、内田魯庵がその処女作をめぐる逸話とともに軽やかに語る小品。
あらすじ
内田魯庵が、幸田露伴の出世のいきさつを短く語った小品。ある時『都の花』主筆の山田美妙が「エライ人が出ましたよ!」と破顔したのを枕に、老大家・依田学海のもとへ突然現れた書生が「面白いと思ったら序文を書け、つまらなければ竈で燃やせ」と原稿を投げ出して帰った逸話を紹介する。学海翁が味も素気もなく突っぱねた後にその原稿を読み始めると、奇想天来に引き込まれて徹宵して読み終え、前非を悔いて詫び手紙を書こうにも作者の住所も名も知らず、紹介者の淡島寒月を訪ねて初めて幸田露伴という青年の初めての試みだと知る。この作が『露団々』で、初め『都の花』に連載され単行本となったこと、そして露伴の名を一躍芸壇の王座を争うまでに高めたのが『風流仏』であったことを語る。魯庵自身は『露団々』を手品を見るような感興で読んだが、『風流仏』を読んだときは珠運とともに五色の雲に漂うような心地がしたと記し、短編ながら世界の大文学に入るべきものだと讃える。
登場人物
- 幸田露伴(こうだろはん) 『露団々』『風流仏』で一躍文壇の王座を争うに至った青年作家。
- 依田学海(よだがっかい) 当時の大宗師。露伴の原稿を徹宵して読み終え、その才を認めて世話をした。
- 山田美妙(やまだびみょう) 『都の花』主筆。露伴の出現を「エライ人が出ました」と喜んだ。
- 淡島寒月(あわしまかんげつ) 露伴を学海に紹介した人物。
- 内田魯庵(うちだろあん) 著者。
冒頭部(原文より)
ある時、その頃金港堂の『都の花』の主筆をしていた山田美妙に会うと、開口一番「エライ人が出ましたよ!」と破顔した。 ドウいう人かと訊くと、それより数日前、突然依田学海翁を尋ねて来た書生があって、小説を作ったから序文を書いてくれといった。学海翁は硬軟兼備のその頃での大宗師であったから、門に伺候して著書の序文を請うものが引きも切らず、一々応接する遑あらざる面倒臭さに、ワシが序文を書いたからッて君の作は光りゃアしない、君の作が傑作ならワシの序文なぞはなくとも光ると、味も素気もなく突跳ねた。
「露伴の出世咄」内田魯庵(青空文庫)
末尾部(原文より)
が、『風流仏』を読んだ時は読終って暫らくは恍然として珠運と一緒に五色の雲の中に漂うているような心地がした。アレほど我を忘れて夢幻にするような心地のしたのはその後にない。短篇ではあるが、世界の大文学に入るべきものだ。 露伴について語るべき事は多いが、四枚や五枚ではとても書尽されないから、今はこれだけで筆を擱く。
「露伴の出世咄」内田魯庵(青空文庫)
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