六百句(高浜虚子)のあらすじ・登場人物
戦時下の五年を刻んだ自選六百句
- 文字数
- 17,752字
- 読了目安
- 約36分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
「ホトトギス」六百号を記念して編まれた、高浜虚子の自選句集。昭和十六年から二十年まで——ちょうど太平洋戦争のはじまりから敗戦までの五年間の句が、日付と句会の記録を添えて年代順に並ぶ。「花鳥諷詠」を貫いた虚子が、戦時下と疎開先の小諸で何を見ていたかが、一句一句からたどれる。
あらすじ
「ホトトギス」五百号記念の『五百句』、五百五十号記念の『五百五十句』に続き、六百号を記念して編まれた第三の自選句集である。序は昭和二十一年九月、疎開先の小諸山廬で書かれた。収められたのは昭和十六年から二十年までの句。「初凪や大きな浪のときに来る」(一月元日、由比ヶ浜散歩)、「大仏に袈裟掛にある冬日かな」——各句には制作の日付と、その日の句会や来訪の記録が細かく添えられ、日記のように読める形になっている。日々は句会と吟行に明け暮れるが、やがて時代の影が差しこむ。空襲を避けて虚子は信州小諸へ疎開し、以後の句は浅間のふもとの山里と農村の四季を詠むものが多くなる。「この辺は蚕の村か桑枯るる」「山越えて来たり峠は雪なりし」。戦争そのものを声高に詠むことはほとんどないが、そこに置かれた花鳥と季節のたたずまいが、かえってその時代の静けさと重さを伝える。「句を玉と暖めてをる炬燵かな」「うせものをこだわり探す日短か」——最後は昭和二十年十二月、鎌倉と小諸での句会の記録で閉じられる。
冒頭部(原文より)
序 さきに『ホトトギス』五百号を記念するために、改造社から『五百句』という書物を出し、また『ホトトギス』五百五拾号を記念するために、桜井書店から『五百五十句』という書物を出した。今度また菁柿堂の薦めによって、『ホトトギス』六百号を記念するために『六百句』という書物を出すことになった。 これは昭和十六年から、昭和二十年までの句の中から選んだものである。
「六百句」高浜虚子(青空文庫)
末尾部(原文より)
枯菊の色をたづねて虻来たる どこやらに急に逃げたる冬日かな 十二月二十一日 土筆会。鎌倉草庵。 山茶花の花のこぼれに掃きとどむ 十二月二十二日 句謡会、鎌倉俳句会合併。 枯菊に莚のはしのかかりけり 冬枯の園とはいへど老の松
「六百句」高浜虚子(青空文庫)
名文
大根を水くしや〳〵にして洗ふ
大根を洗う水の勢いを「くしやくしや」と言い表した句。何気ない日常の一場面を平明に写す、虚子の説いた「客観写生」の典型。
天地の間にほろと時雨かな
天と地のあいだに、ほろりと時雨が降る。広大な空間と「ほろ」というかすかな音とを対比させた、円熟期の虚子の大きな句境を示す一句。
生きてゐるしるしに新茶おくるとか
自殺した若柳敏三郎を悼んで詠まれた句。「生きているしるしに新茶を送る」という生前の便りの言葉を思い返すことで、さりげない心遣いが悲しみを深くする。
老犬の我を嗅ぎ去る枯木中
疎開先の小諸で詠んだ句。老いた犬がこちらを嗅いで去っていく冬枯れの林——老境の自分と犬とを淡々と重ねた、静かな寂しさの漂う一句。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。